笑顔を創りたいWebディレクターの日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。

Webディレクターの仕事における財産は「ディレクション能力」ではない。

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こんばんちは、スーパー太っちょWebディレクターです。
スーパーは太っちょにかかります。

これは、僕がWebディレクターになってから今18年目・・・上司からもらった、ずっと宝物のようにしている言葉のお話。

ちなみにここでいう「仕事における財産」というのは、仕事によって積み上がっていく財産という意味です。たとえばそれは、雑誌を刊行し続けることによって得られるファン(のコミュニティ)とか。

 

ディレクションを続けていけば、当然、スキルとしての「ディレクション能力」は上がっていくと思う。だけど、Webディレクターの最も重要な財産はそれでは無いと思うわけであります。

 

 

そんなわけで、うぇぶぎょうかいのむめいでぃれくたーのお時間です。

 

■目次

 

 




 

デザイナーやエンジニアの場合は・・・

おそらくそれは、デザイン能力であったりエンジニアリングスキル(開発力?)なのだと思うのですよ。

様々な案件で、様々な要求に対して、様々な成果物を作る。

多様なデザインをすればするほど、多様な依頼者と向き合えば向き合うほど、最終アウトプットをつくる力は上がっていくのだと思う。いや、というか、まったく同じことを繰り返して日々何の変化もしない・・・とかで無い限りは上がる。

Webディレクターも、いや、というかWebディレクターこそ、案件ごとに目的や背景も違えば、結局「人」に対して対応することがほとんどなので、もう全然違う。まったく同じ案件でも担当者が変わるだけで難度が一気に変わるなんてよくある話で。

なので、案件=場数を踏めば踏むほど、Webディレクターというのは「ディレクション能力」が向上していくのでしょう。

だけど、Webディレクターにおける「仕事をしていくことによって積み上がっていく財産」はやっぱりそれじゃ無いと思うんですよ。

 

Web ディレクターになりたての頃にもらった、宝物

デザイナーはやはり、デザインするのが仕事で、何よりもものを言うのはやはり、さりとて(謎)デザイン物なんですよね。ディレクション能力とかマーケティング能力とか、技術的知識とかもちろんいろいろ必要で、あるといいね!と世間でも言われておりますが、とはいえ、とにかく、デザイナーさんのそれは「良いデザインがつくれること」なのでしょう。

じゃあ、なんでWebディレクターは「ディレクション能力」では無いのか、っちゅう話ですね。

 

それは、僕が新人の頃、上司にもらった宝物のような言葉にあると思っています。

「どんなに緻密にプロジェクトをまわしても、いつか必ず想定外、ピンチな場面は訪れる。なぜならそれは人間がやってることだからだ。こちらに全く非がなくてもクライアント側の組織変更だとか、要因はいくらでもある。

そんなとき、すまん!たのむ!の一言で"しょうがねーなー、今日は徹夜だ!"と助けてくれるエンジニアやデザイナーが何人いるか

おまえらはすぐ、難しいプロジェクトでスーパーヒーローのようにディレクション能力を披露したがる。そういうときだけ頑張ろうとする。

違うんだよ。ピンチや大チャンスのときだけ頑張ればいいんじゃない。むしろピンチじゃないときに、平常時にいかに丁寧にディレクションができるかが大事なんだ。その日頃のやりとりを見て、お前らの周りにいるデザイナーやエンジニアは"ああ、こいつのディレクションいいな" "このディレクターさんは私たちに敬意を払い、とても大事にしてくれる" "いつもこの人の案件を担当させてほしいな"と思うんだ。  

そう思ってもらえばこそ、おまえがピンチのときにこう思うんだよ。

"こいつが言うんじゃ助けざるを得ないわな"

 

  

「いいか?ピンチになったとき、おまえの一言でどれだけの人が助けてくれるか。それがWebディレクターの財産だ」

 

って言われました。

あれからもう17年近く経ってるけど、今でもずっと宝物です。

今でも、これだけは絶対に忘れてはならない、と思ってWebディレクションをし、後進にも伝えています。

 

Webディレクターの仕事(の性質)

これは、「Webディレクター」という仕事の性質がかなり影響していると思います。

いや、これね、言ってしまえばデザイナーだってエンジニアだって、似たような部分はあるんですよ。「また、この人と仕事したいな(この人にお願いしたいな)と、思ってもらえるか」ということなので。

しかし、決定的に違うのは、我々Webディレクターというのは対象のそのほとんどが「人」なんですよね。PhotoshopやFigmaでつくったデザイン物でもなければ、コードを書いたシステムでも無い。

要するに我々は、いくらどんな成果物を繰り出したところで、もう完全に「人」に対してうまく付き合えないと絶対に仕事にならんのですね。圧倒的なワイヤーフレーム書いたところで、残念ながらそうそうそれで仕事になるわけではない。いや、なるのだけどそれは「画面構成設計」であって、Webディレクターとして食っていけてるわけじゃ無いし、それ一本だと大変難しい。

たとえば、多少・・・いやかなり気難しいwデザイナーやエンジニアは、それでもきちんとクオリティの高い成果物を出せればかなり仕事になるでしょうし、ぶっちゃけむしろ求められるのは「成果物そのもの」ですやね。

Webディレクターで気難しいなんてのは、もう致命的なんですよ。

なぜなら、そんなやつの依頼を受けたいとは思わないから。仮に受けてくれたとしてもパフォーマンスは低いままでしょうね。やる気出ないし、なんなら断りたいぐらいなのだから。

人に依頼を出して、動いてもらうというのが主である以上、その間にある成果物なんぞはすべて「手段」にすぎなくて、我々Webディレクターにおいて最も重要なのは「人が動いてくれるか」なんよね。ディレクション能力ですら、その手段でしか無い。

いや、極端に言えばディレクション能力が低くても、とっても周りから好かれる人で「いつもチグハグだけど、でも、この人のためにがんばりたい!」と思わせたなら、それはもう立派なWebディレクターなのだろうと思います(ただし、ディレクション能力は低いので、思いあがっちゃダメだし、人に教えるのもやめるべきですけどねw)

 

だから、明日の「プロジェクトを何とかする力」は今日作られていく

ディレクション能力というのは本当に一朝一夕には行かないし、結局のところもう根底は「思考力&判断力」の塊でしかないんよね。

もうほんとあけっぴろげにしてしまえば、ディレクションとして行う一つ一つの所作は、実はたぶん中学生にもできる。日本語能力がちょっと怪しいかもだが、確認をしたり、連絡をしたりというその一つ一つは誰にでもできて、大事なのはそれを、いつ、誰に、どのように繰り出すかの判断であって。少なくとも超美麗なデザインを作るよりはずっと簡単。

ゆえに、やっぱり一番大事なのは、というか「プロジェクトを何とかする力」というのはつまり、「それによって快く、たくさん動いてくれる仲間」こそが必要で、それはそのプロジェクトの前に形作られる。

昨日までの信頼があるから、今日、今、仲間が動いてくれるのだから。

 

だから、ぼくらは簡単な案件こそを丁寧に、配慮と思いやりを持って、デザイナーやエンジニアと対応しなければならないんですよね。

 

僕は本当に、たくさんの偉大なる先人たちに、重要なことをたくさん教えてもらったけど。

やっぱりWebディレクターとしてはこの言葉が一番重要で、ずっと宝物として大切にしていくと思います。

 

もう一度、置いておきますね。

 

「いいか?ピンチになったとき、おまえの一言でどれだけの人が助けてくれるか。それがWebディレクターの財産だ」

 

これからもこれを心に、がんばります。

 

 

P.S.

これ、Webディレクターだけじゃ無いですよね。「自分で手を動かすのではなく、誰かに依頼するのが仕事」な職業の人は、全員に当てはまると思っています。プロデューサーだってプランナーだって。誰でも。