笑顔を創りたいWeb屋の日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。情報デザインやWebの勉強をしています。

おっさんおばさんは若者に働く意義を伝えろ、話はそれからだ。

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働く意義っちゅうか、どっちかっていうと成長する意義、なんですけどね。でもわかりづらいから働く意義にしてみたよ(謎)

さて、

togetter.com

これを読んでね、うん。

「間違ってはないんだけど、アプローチの仕方がなぁ・・・」と思ったので書いてみるわけです。ぼくはおっさんだから。部下もいるし。

基本的に、若者というか年次や経験の浅い人に「自分で考えろ」なんて言っても考えませんよね。考える理由が無いんだもん。

そんなわけで、うぇぶぎょうかいのむめいでぃれくたーのお時間です。

 



 

そもそもなんで「自分で考え」なきゃいけないの?

それ美味しいんですか?っていうそういう話です。おっさんおばさんで、しかも後進の教育を任されるような人はそれなりに優秀なはずなので、「そんなのあたりまえだろ」って思っちゃうんですね。

あたりまえじゃないよばーかばーか(子供か)

と、まずそこを改めるべきなんだすよねぇ。そうなんだすよ(謎)

自分で考えられるようにならないと成長しないじゃん、っていうと思うんですけど、ええ、そのとおりなんですけど、

 

 

なんで成長しなくちゃいけないんですか?

 

 

ってね、若者は思うわけです。いや、っていうかおっさんだって思う。成長しなくても生きていけてハッピーならそれでいいじゃーん、超幸せじゃーん。まじで僕だって毎日ゼルダをやるだけでいいならそうしたい。飽きたら違うゲームでもいいよって言ってもらいたい。マジそんな生活最高。

 

そんなんじゃ生きていけないだろって思うんですけど、いや、生きて行けるかどうかなんてアンタが決めることじゃねーんだよおっさん

 

おっさんはまず多様な価値観を認めなさい

っていうそういう話なわけです。

仕事との向き合い方なんて人それぞれで良くて、年収300万円で一生いきていくと決めた人はそれで良いのです。だれに咎められるものでもない。

多くのおっさんはそれがわかってない。意識高い系おっさんはとくにそれがわかってない。おめーが暑苦しいんだよっていうことをまず自分で気づくべきなんだが、周りにいるみんなを意識高い系にしようとする。

年収少ないけど9時-17時で働いて業務後のプライベートを趣味に没頭する人がいてもいいし、夜な夜なGoogleAnalyticsを除いちゃうそんなおっさんもいていい。それは僕だった。だから僕もいていい(謎)

若者もいつかはおっさんおばさんになるので、そしたらまた若者が入ってきて、成長しないと食いっぱぐれる可能性が格段にアップするわけですが、それとてその本人の自由ですからね

 

つまり、まず伝えなければならないのは「人材市場の話」だ

これからAIも入ってくるこの国において「自分の頭で考えられない人」はどんどん苦しくなってくるんでしょうね。単純な労働力ならオフショアもあるわけで、その人件費としてはどんどん安くなってくる。

他方で、「自分で考えて実行できる人」はいまに限らず大昔から高い評価をされてきましたね。本(書籍)を出して、名前が掲載されるのは誰か。本づくりにはたくさんの人が関わりますね。著者、編集者は言わずもがな。装丁デザイナーだっているし、レイアウトなどをデザインする人もいるし、校正さんもいて、印刷屋さんもいる。でも、本に一番に名前を掲載されるのは著者ですね。それは、その人が考えたものだから。

誰かの指示のみで動く「作業者」より、自分で考えて(正解を出して)動ける人の方が重宝されるのは、今も昔も変わらないし、さらにどんどん顕著になっていくんだろうと思います。

おっさんはまずその話を若者にしろよ、と思います。

「自分で考えろ」じゃない。「なぜ自分で考えなければならないのか」をつたえなければならない。しかもそれは「じゃないと成長しないだろ」じゃ浅い。「そうしないとどうなるのか」をちゃんと説明しなきゃいけないし、脳みその回転は衰えていくはずの僕らおっさんがやるべきなのは、「自分が見てきた景色を伝えること」でしょう。

そういう意味で、歳を重ねるということの本来の長所は「たくさん経験したからこそ価値観が広がる」はずなんですけど、ダメなオッサンは自分の成功体験に固執して真逆に進みますね。

たとえばこんな話をするべき

実際、ぼくは後輩や部下にそういう話をしています。

僕と同世代もさらにもっと年上の人もたくさん見てきたし、見てきてないといけない。それが歳を重ねるということなのだから。

自分で考えて仕事をしないとどうなるか。正直な話、僕と同世代でたくさん儲けている人もいるし、もう転職できないであろう人もたくさんいます。

たとえば以前に出会った人の中に、僕より10歳ぐらい年上なのにExcelの資料一つまともにつくれない人がいた。項目を定義し、探す範囲を伝えれば情報をリスト化することはできるんです(まあ内容を埋めていくだけなんですが)。しかし、いざそのデータを貰ってみると罫線ひとつ入ってない。資料名もない。プリンターから出力するとなんかよくわからない文字の羅列が並ぶw。これが、実はその会社の役員というのだから目も当てられない。

仕事というのは、基本的には誰かにアウトプットを届けるものであり、使う人、体験する人がいる。さすれば、「この資料を何のためにどうやって使うのか」を考え、そのなかで自然と「プリントアウトして見るかもしれない」ぐらいは想像がつくはずです。そうしたら、罫線ぐらいひくでしょう。だって、そうじゃないとディスプレイ上でしか読めないもん。

「リスト化した資料をつくってください」

というこの言葉だけを聞いて、それだけで作業をしたのでしょう。本質的なところで自分が何を求められているのかがわかってない。そしてその役員は何をやっているかというと、社長の腰ぎんちゃくとなり媚びを売るだけの人だった。役員なのに。

おそらく、いままで仕事に対して「自ら能動的に考える」ということをしてこなかったんでしょうね。そのあたりのことは下記の記事でも書いてきました。

toksato.hatenablog.com

居酒屋にいって「お冷のグラスが綺麗じゃない店はサービスもそのレベルだ」と「俺はわかってる感」を出すオジサンは、そのくせ自分の仕事になると資料の細かいところで読む人のことを考えてない雑な資料を出したりするわけですが、それはたぶん「良い店、良いサービスを見分けるポイントはここだ!」とかいう本の受け売りなんでしょう。実は、その本の一番重要な内容は「だからあなたの仕事も、細部にこそこだわるべき」だったとしても。

そういう躾をされてきてないで偉くなっちゃうとこうなるんですね。たぶん上記の「リスト資料すらまともにつくれない」役員は、年齢も年齢なので他の会社では働けない。腰ぎんちゃくで雑用しかできないし、問題解決能力なんてあるわけもない。そんな人が転職活動をしても誰も雇ってくれない。さらに、役員待遇なわけで報酬は高い。仕事ができないのに、報酬が高いというのは本人だけでなく、組織全体に害がありますね。優秀な人がバカバカしくなってやめていくから。

 

「自ら能動的に考えて行動をせず言われたままをやるだけだと、いずれそんな人になっちゃうよ」っていうことを、具体例を持ってちゃんと説明するのが、オッサンの役目だと思うわけですよ。

 

成長とはリスクテイクから始まることを教えるべき

まず、基本的に人が成長するのにノーリスクなんてことはないです。それは絶対にない。ノーリスクの時点で本気じゃなくなるから(ま、とはいえゼロではないけど)。

下記の記事でこんなことを書きました。

toksato.hatenablog.com

元サッカー日本代表監督 岡田武史さんの言葉

 「Enjoyの究極はどういうことかというと、自分の責任でリスクを冒すことなんです。日本の選手は「ミスしてもいいから」と言ったら、リスクを冒してチャレンジをするんです。ところが「ミスするな」と言ったら、途端にミスしないようにリスクを負わなくなるんです」

サッカーにおいてドリブラーがドリブラーになるためには、「勝てるかどうかわからないドリブル勝負を仕掛けて、高い頻度で勝つ」からドリブラーという称号を手に入れるわけですよ。ドリブラーと呼ばれる前の彼は、その不安定な状態から負けてピンチをつくってしまうリスクを背負って果敢に勝負をし、勝利することでその称号になったわけですね。

もちろん、お仕事において「責任は俺が取るからやってみろ」というのはあります。僕も部下にそういうこともあります。それについても同じ記事でこんなことを書きました。

たしかに失敗した責任は先輩が取るんでしょうけど、僕がノーリスクだったかというとそういうわけじゃない。どっちにしたって失敗したらクライアントには僕が失敗したと受け取られるわけだし、たかだか1.5ヶ月という会社内の評価も定まっていないときに失敗すれば、案件の責任は問われずとも僕の評価は確実に下がる。

そう、僕はやっぱりあのときリスクを負ってたんですよ。

リスクの無いチャレンジなんてないんですよ。リスクは絶対にある。誰かが見ている以上必ずチャレンジにはリスクが存在する。

たとえば社会人向けのスクールなどに通ってスキルを身につけたとしても、それをビジネスの現場である「実戦の場」使うには、そのときにリスクが発生してるんですよね。座学や演習で学ぶことと、それを「お金をもらってやる」は次元の違う話なので。

 

「できないかもしれないことを、できるようにする」

には必ずリスクが伴って、そしてそのリスクがあるからこそ人は成長するんですよね。

 

報酬や査定も「リスクテイクが先だ」ということを教えやがれ

まず、会社組織というのは基本的に「やったらやったぶんだけ(寸分違わず)報酬がもらえる」ということはないです。ありえない。成果に連動することはあっても、自分がやった、儲けたぶんがそのまま入ってくることはない。っていうかそれなら今度は、毎月の給料全額が1円の単位で下がることも発生しなきゃおかしくて、それはもはや会社員じゃないですね。

会社組織においてそのリスクを背負ってるのは基本的には経営者だけで、従業員にはそのリスクはありませんね。そして、労基法でバッチリ守られているのでそう簡単に給料を下げることもできない。だから僕らは毎月決まった額のお給料をもらえるわけですし。

会社にとって従業員の査定というのはたぶんに「投資」という側面を持っていますね。簡単には下げられないし、年収を約束するということは「まだ達成してないことに対して、期待をしてお金を払う約束をする」というものだから。つまり、「こういうことをやってくれる」という期待に対して年収設定をしているわけですよ。

ということは、「こういうことができそうだ」と思わせる、期待されるなにかが無いと年収など上がるはずもなく、人の上に立ちまとめあげる素養も見せてないのに「なんで俺に役職がつかないんだ!」とか怒る人はおバカさんの極みなわけですね。

これは僕の持論ですが、企業(経営者)と従業員というのはリスクを半々で持つべきだと思っています。まだできないことに対して、自分で投資して自分で成長しろ、今の業務は全く減らすな、なんて指示を出すのは会社の傲慢だと思います。けれども、「教えられてないからまだできるかわかんないけど、業務負荷も全く増やして欲しくないから、教育する時間をとってさらに一つ上の報酬をくれ」なんていう従業員もだいぶ傲慢だと思います。

「我々は君に期待をしているから、今年は多少業務負荷が増えることを耐えてくれ。そのかわり学ぶ時間と投資はこちらが協力する。それで成長したら来年からはリーダーになってほしい。だから君もリスクを承知で勝負してくれないか」

これが、あるべきアプローチだと思います。

また、こんなアプローチなんかなくても成長する方法はいくらでもあって、従業員側がもっとリスクを取ればいい。

toksato.hatenablog.com

この記事で、こんなことを書きました。

リーダーじゃない現場メンバーの人がリーダーと同じ仕事ができてしまうと会社は困るんですよ。「あのすごいできるメンバーがこの査定なのに、あのリーダーと違うのおかしくない?」となり、「リーダー貰いすぎじゃない?」みたいな話が出て来て給与体系がぶっ壊れる。または、その人の劣化コピーみたいな奴が現場メンバーに出て来て「あいつもやってるなら俺もいいはずだ」と権限の管理ができなくなる。

だから、会社は慌てて「まずい、あいつに早く役職を与えよう。そうしないと組織が崩れる」となって、役職を与えるわけですね。

もっとも簡単な成長や昇進の方法は、上司の仕事を奪うことなんですね。

最初に貼ったToggeterの話はおそらくこのことを指していて、「自分で考えて結果責任も自分が持つ」というのは、そういうことですね。本来上司が判断すべきことを、自分が勝手に判断する。越権行為です。でも、越権行為って何がいけないのかというと間違うからですよね。正しい判断ができるなら(多少お咎めがあったとしても)そうそう怒られない。だって正しい=会社の役に立っているんだから。むしろ「成長してくれた!」と喜んでくれるはず。

会社の査定だって、基本的にはリスクテイクから始まるんですよ。

 

リスクテイクのやり方をちゃんと教えやがれ

かといって「だから、自分で考えろよ!」っていうのは、アホなオッサンのすることですね。オバサンもいますけどね(謎)

自分の脳みそで考えて行動し、結果に責任を持つというのは、僕は「先のことを考えること」だと思っています。もっというと「気の利く人」。

社内で会議がある時に僕は部下に「先に入ってプロジェクターの用意をしておいて」と言います。付け加えて「言われなくてもそれができるようにしよう」と言っています。

これは、雑用をやらせたいんじゃないんです。いや、結果的には雑用の部類に入るのですが、「上司の仕事を奪えば自分が昇進する」ということは、つまり「いま上司は何を考えているのか」と観察することになり、先手を打つことが大事になるわけですね。すると「このあとの会議は何をするのだろう?」「こういうことをするのではないか?ではプロジェクターを使うんじゃないか?」「5分前に入ってセッティングしておこう」となるわけです。

ここで差が出るわけですね。

「そんなこと指示されてないからやってませんよ」と文句を言うのか、考えをめぐらせて「やっておく」のか。

 

僕はこういうとき、こう伝えるようにしています。

「これは、一種のゲームだ」

  • 指示されてやることではない。
  • そもそも指示をされてやるんじゃ意味が無い。
  • 初めから正解がわかっているようなものじゃない。
  • わかっていることをやってるんじゃ意味が無い。
  • だから「どうしたら良いか教えてください」じゃダメ。
  • そういう質問をしている時点でわかってない。
  • マニュアルなんてないんだ。
  • 相手を観察し、状況を観察し「いまやるべき最善の手は何か」「先手を打てることは無いか」と常に考えることが大事で、そしてその判断で一定以上の勝率を維持することが大事だ。
  • だから、これはゲームと捉えてやるといい。

「自身で考えるとはどういうことか」ということを、ちゃんと教えなきゃいけない。それがオッサンの役目。それができないオッサンがいるとしたら、それは実はそのオッサン自身が「考えてない」で過ごしてきたオッサンなんでしょうね。

どうやってリスクを取るのか、どうやって考えるのか、考えるとはどういうことなのか。そういうことを具体例を持って教えないと、ただの丸投げですよね。

 

失敗体験をコントロールしやがれ

とはいえ、口頭で説明したって限界があります。

「考える」ということこれもまた「やってみなけりゃわからん」のですね。だから、やらせてみる必要がありますが、会社が傾くような失敗をさせてはならないし、本人のメンタルがつぶれてしまうような大きな失敗をさせてもいけない。

そもそも、まず「その失敗で何を学ばせるのか」という設計の無い依頼は、ただの丸投げOJTですよね。OJTというのは本来

  • この仕事で何を学ばせ
  • そのためにこういうスキルが必要なタスクを渡し
  • どんな成功と失敗をさせて
  • 何に気づいてもらうのか

という設計があってはじめてOJTと呼べるものであって、それがないのはただ単に教育側の怠慢だと思います。

たとえば、以前にこんなことがありました。

新卒2~3年目の社員に、「こういうことができるかどうかツールベンダーの担当者さんに電話で聞いてみてもらえる?やりたいことはこういうことで、こういう目的があるんだ」って指示をしたら、案の定、その手法ができるかどうかだけ聞いて「できないそうです」って帰ってきました(笑)

で、「なるほど、そういうやり方しかできないってことは、じゃあこちらでCSVを用意して対応するってことになるね。CSV取り込みはできるの?」って聞いたら「え・・・それは確認してません。もう一回電話します!」っていうので、まあまあ、待ちなさい、とw

「ツールベンダーさんに手法を聞いちゃ駄目なのさ。そうするとそれの可否だけ答えてくるから。僕らがやりたいのはそれじゃなくて、目的の方じゃん。その目的を達成するために一つの手法としてそれがあるだけで。だから、"こういうことをやりたいんだけど、御社のツールでなんか方法ある?"って聞かなきゃいけないのだね」

と教えて、

「というわけで、いまから僕が実践してみるので横で聞いててね」

と言ってやったんだけど、僕はやっぱり教育ってこういうことだと思うんですね。

問い合わせのタスクを渡した時点で、こうなることはもう9割がたわかっていたことで、だけどそれでもあえて一回やらせないと身につかない。はじめから「こう聞くんだよ」だと、その場では理解しても必ず忘れる。

だから、一回失敗してもらって「ほら、ちゃんと自分で考えて問い合わせしてないんじゃない?」という場面を作る必要がある。そして、それが以前に教えたケースでないのなら「いまはできなくてもいいよ」も付け加えるようにしています。

このように、きちんと相手の成長フェーズやキャリアパスを捉えて、いま何を教えるべきなのかを設定したうえで、失敗体験を設計し、最後に「だから自分で考えて見ろ」だと思うんですね。

 

まとめ

さて、例によって長くなりました。

まとめるとこういうことです

  1. まず、本人のキャリア志向をちゃんと確認しろ(仕事や成長がすべてじゃない)
  2. 「考えないとどうなるか」という人材市場の話をしろ
  3. 「考えるとはどういうことなのか」という具体的な話をしろ
  4. リスクテイクありきだということをちゃんと伝えろ
  5. そのうえで失敗体験のコントロールをするのがオッサンの役目だ

ってことですね。

最初のTogetterのまとめはこの辺のことがすごく有耶無耶になっていて、片方は教える側として理不尽なこと言ってるし、もう片方(コメント)は受ける側としてすごい傲慢なこと言ってるしで、なんだかなぁと思って自分の考えを書きました。

 

最後に、こうやって考える人、自分で能動的に動ける人になることが大事だと書いてきたけど、それらはすべて会社の査定があってこそなので、それが不明確だと組織は腐敗していきますね。

腐敗しても儲かってる会社が一番楽なんですけどね。