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笑顔を創りたいWeb屋の日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。情報デザインやWebの勉強をしています。

僕が"Webディレクター"になった日。

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僕はだいぶ?いやまあまあ?それなりに長いことこの業界にいますが、えーと、計算するともうすぐ満11年、そろそろ12年目に入るわけです。えー、ほんとか。だいぶつづけたなぁ。

僕が、いつWebディレクターになったか、その日がいつかというと、転職して職業がWebディレクターになったのは2005年2月。そう、だからもうすぐ11年経つわけですね。

ただ、じゃあ本当に僕が「Webディレクター」になったのはその日なんだろうか?と思ったんですよね。今日はそんなおはなしおはなし。

 

そんなわけで、うぇぶぎょうかいのむめいディレクターのおじかんです。

 



 

僕は、もともと印刷会社でDTPオペレーターをやっていました。

ただこれがまあつまらなくてですね。いや、すごくためにはなったしその時の知識はいまも活きてはいるのですけども、僕はこう毎日同じことを同じように繰り返すというのが苦手でしてね、なんかこういつもあーでもないこーでーもないって考えながらいろんなタスクが転がってるような仕事の方が向いていて、そうやって主に頭を使うお仕事に転職しようと思ったのです。

そんで、人生で初めての転職活動をはじめて、Webデザイナーという仕事を見つけます。「ああそうか、Webも仕事になるんだ」「デザイナーって画面設計とかどうあるべきかとか頭使いそうだ。応募してみよう」と、そのころはさしてインターネットも特段好きではなく、ただなんとなく見つけたから応募しました。

で、そのナントカ二十一という会社の面接にいったら「いまもうデザイナーは足りてて募集してないんだよね」「DTPやってたんでしょ。だったらWebディレクターなら採用するけどどう?」「Webの制作は元が印刷業界から来てるから、絶対にこれまでの知識が役に立つよ」って言われて、そうですかじゃあディレクターやってみますお願いします、という感じでWebディレクターとして勤務し始めます。

 

世間一般的に言えば、Webディレクターという肩書きをもらったその日が、その企業でその肩書きで働き始めた日が、Webディレクターになった日なんでしょう。いまのいままで僕もそう思ってました。

 

でも、とある話をしていて、ああ違うなと。

僕がWebディレクターになった日はその日じゃない。

 

 入社1.5ヶ月のある日の話

その日、僕は「ブラザー」という関係にある、直接指導をしてもらっているいわゆる師弟関係にある先輩とクライアント先へのミーティングが入っていました。そのミーティングは、とあるBtoB企業の50ページ程度のコーポレートサイトのリニューアルで、日本語サイトのリニューアルが終わったので次に英語サイトのリニューアルを始める、そのキックオフのようなミーティングでした。

当日の朝、先輩から言われました。

「トクちゃん(toksatoのあだ名)、ごめん。今日どうしてもミーティングに行けそうにない。トクちゃんと営業さんと二人で行って来てくれない?ほんと申し訳ないんだけど」 

 僕は思いました。

 

いやムリムリムリムリwww

 

だって、Webの世界に入ってまだ1.5ヶ月ですよ。社会人としてもまだ3年目の若造です。ディレクションところかWebのことすら良く分かってない。HTMLもちゃんと理解してない。Web制作の流れもまだちゃんとわかりきってない。日本語サイトのリニューアルですら途中からアシスタントとして入って横で見てただけですからね。そんな奴がね、企業サイトのリニューアルのメイン担当として、クライアントの前でプロの顔してミーティングという戦場で戦わないといけないわけです。

 

いや無理だろ

 

 

でも、先輩はこう言いました。

「うん。わかってる。難しいと思ってるのも、無理だと思うのもよくわかる。だから、もう本当に無理って思うんだったら言って。そしたらなんとか都合つけるから。でも、おれはトクちゃんなら大丈夫だと思う。トクちゃんならなんとかできると思うから頼んでる。厳しいのはわかってるから、本当にダメ、無理だって思ったら言って」

 

結局、僕は引き受けました。ここまで言われたらもう断れないし、先輩ができるって言ってるんだからたぶんなんとかなんだろと。っていうかなんか起きてももう先輩の責任になるんだからいいだろって思ってw

 

ギャンブラーの定義

ここで話を変えます。

どういう人が「ギャンブラー」って言われるんですかね?まあそりゃあ「ギャンブルしてる人」なんでしょうけど、じゃあ「ギャンブルしてる人」ってどんな人だよと。

自分の貯金を増やすためにパチンコ、競馬に投資して儲かったり損したりしてる人

この人、ギャンブラーですね。はい、ギャンブラーだと思います。

ではこんな人はどうでしょう?

 

人のお金でパチンコ、競馬に投資して、儲かっても自分のお金にならない、損しても怒られない

この人、ギャンブラーと呼べるでしょうか?

ぼくは、呼べないと思います。

なんでそう思うか。

それは、この人の話を引用させてもらいます。

元サッカー日本代表監督 岡田武史さんの言葉

 

「Enjoyの究極はどういうことかというと、自分の責任でリスクを冒すことなんです。日本の選手は「ミスしてもいいから」と言ったら、リスクを冒してチャレンジをするんです。ところが「ミスするな」と言ったら、途端にミスしないようにリスクを負わなくなるんです」

「例えばギャンブルで、大金持ちのお金を分けてもらって「それで遊んでいいよ」と言われて大もうけしても失っても、面白くもくそもないでしょ。自分のなけなしの金を賭けるから、増えたら「やったー」と思うし、なくなった時に「うわ、やばい」と思う。要するに「ミスするなよ」と言われている中でいかにリスクを自分の責任で負えるか、それが本当のスポーツのEnjoyなんです」

 

リスクを負ってるからこそ、楽しいんですよね。ギャンブルは、儲かるかもしれないし大損するかもしれないから、ドキドキする。だから楽しい。それも自分の判断でリスクをとっているからこそ。

ただ、これは「エンジョイ」の定義であってギャンブラーの定義ではないですね。これに、さらに岡田監督の言葉を再び引用します。

この本からです。面白いので皆さんぜひ読むと言い。

 

勝負哲学
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岡田 武史 羽生 善治
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「代表クラスだとそうではないんですが、Jリーグクラブレベルの選手だと、いるんですよ。『そこは勝負すべきじゃなかったのか』というと『じゃあミスしても良いですか?』って答える選手が。おまえ、それでプロと言えるのかと。お前それでサッカー楽しいかと。自分で少しもリスクを負おうとせず、すべてを監督の指示通りに動こうとするんですね。プロなら、勝負をして勝って来いと。リスクを伴わない選択など、それは自主性とは呼べないですよ」
(手元に本があるわけじゃないので一言一句一緒ではないです)

リスクを負って自分で判断し、勝負し、そして勝つからこそ、プロのサッカー選手なんですよね。言われてみればそうで、例えばドリブラーはドリブルが上手くて多用するから「ドリブラー」って呼ばれるんですよね。下手くそな奴は呼ばれない。秋田豊は呼ばれない(超失礼)。でも秋田は良い選手です。違う。そんな話題じゃない。

ドリブルだってギャンブルみたいなもんです。成功するか失敗するかはわからない。でもどこかでチャレンジしないといけない。それがドリブラーならなおのこと。

ギャンブラーも同じですね。リスクを負ってでも勝負をするから、そして一定以上勝利するからこそ(プロの)ギャンブラーと言われるわけで。

 

僕がリスクを負ったあの日、そのとき

僕はあの日、リスクを負ったんですよね。

リスクなんてないと思ってました。どうせ指示した先輩が責任を取るんだから。でも、いま考えたらそうじゃないなと。

たしかに失敗した責任は先輩が取るんでしょうけど、僕がノーリスクだったかというとそういうわけじゃない。どっちにしたって失敗したらクライアントには僕が失敗したと受け取られるわけだし、たかだか1.5ヶ月という会社内の評価も定まっていないときに失敗すれば、案件の責任は問われずとも僕の評価は確実に下がる。

そう、僕はやっぱりあのときリスクを負ってたんですよ。

 

でもね、最近ふと思ったんです。

 

 

そうか、あの日だ。
あの日、僕はWebディレクターになったんだって。

 

 

僕は、営業さんと二人でミーティングに行きました。もうほんと、ゲロ吐きそうなぐらいドキドキしてました。まあでも、僕はそういう性分なのか「どうしようもないことは考えない」っていうタチなので、ドキドキはしてたけど悩みはしてませんでした。どうせやれることしかやれないんだから、やれることを精一杯やろう。そんでダメならしょうがないだろって。

 

担当ディレクターであり、日本語サイトからの流れなのでもうとっくに受注してました。つまり、このミーティングの主担当はディレクターであり、それは僕でした。だから、僕が仕切りました(営業さんにも助けてもらったと思うけど、緊張しててもう覚えてないw)。

僕は、1.5ヶ月の間に先輩から教えてもらったことを頭で何度も繰り返し、そして組み立てて、クライアントに説明をし、受け答えをしました。

いま考えれば、稚拙な説明だったと思います。やってることもたかが知れてたと思います。UX、いや、ユーザー体験なんて微塵も考えてないですから。とりあえず絵的にキレイで動くもんを、ブランディングとかぬかして喋ってるようなそんなレベル。そして、喋ってる言葉も、知識も先輩からの受け売り、もしくは指示されたもので、自分が考えたものでもない。

 

でも、あのとき、僕は間違いなくドリブラーでいうところの「ドリブル」してたんですよ。下手くそだったけど。でもやってた。先輩に「いまそこ右足だせ」「そこでまたげ」って都度言われてるのとは違う。「こういうときはこうするんだよ」と過去に教えられたことを、自分で考えて、「いまここではこう返すべきかな」と自分で判断して回答してたんです。

 

リスクのない仕事なんてない

「失敗してもいいからやってごらん」なんて、存在しないんですよね。いや、ありますよ。僕もそう言って部下とか後輩に仕事を渡すことがあります。それはそれで良いんだと思います。

でも、だからといってリスクがなくなるわけじゃない。

少なくとも失敗したら本人は精神的に傷つくんですから。

そして、そのリスクを負うから、そして一定以上の確率で成功して、お金を貰えるからプロだと言えるんだと思います。

先輩や上司の言う通りにやるだけ、その段階はまだ僕はWebディレクターじゃなかったんだと思うんです。会社に所属してそこで職種として「お前はディレクターだ」と言われて、名刺に書いてあっても、それはただの呼び名でしかなくて、本当はまだWebディレクターじゃないんだと思います。

そして、ふと、思ったんです。

 

ぼく、部下や後輩にちゃんとリスクを渡してるかなって。スキルを覚えさせても、それが正しく使えなければ意味が無い。ノーリスクの中でやってもそれは模倣に過ぎなくて、頭では覚えても使えるようにはならない。

どうしてそう思うかというと、僕はあの日、一人でクライアントの前に出されてから、そこからずっとクライアントには「toksatoさんがこの案件に担当ディレクター」と思われるわけで、一つの受け答えですらちゃんとプロとして答えられなければいけない。そりゃ、社内なら先輩に聞けばいいんですけど、電話かかって来ていちいち保留ボタン押すわけにもいかない。

だから、すごい怖かったんですよ。ビクビクしてました。でもね、ビクビクしたから、夜な夜なHTMLいじって自分で触ったりして見たんですよ。いっぱいデザインもみた。PhotoshopやIllustratorは前職から触れたから、そこでちょっとデザインしてみたり。

怖くて怖くて、ほんと深夜までずーっとやってましたねぇ。でも、それでどんどん力が身についたように思います。

 

だから、あの時、たかだか1.5ヶ月の右も左もわからん奴に任せてくれて、あの先輩の判断が、僕をWebディレクターにしてくれたんだなと思って。

 

 

ああ、僕もやらなきゃって思ったんです。

大きすぎてもいけないけど、守り過ぎてもいけない。

ちゃんとリスクを渡さないと、プロになれない。

 

そして、これは逆も言える。

成長したければ、キャリアアップしたければ、覚悟を持って臨まないと、勇気をもってリスクをとって勝負しないと、成長なんかできないんだと。

 

最終的な結論になると、とてもありきたりなんだけど、でも「僕はあの日、Webディレクターになったんだ」と振り返ることで、思い出せるようにしておきたいなと。

 

あと、やっぱり、あのとき僕に任せてくれた先輩に感謝ですね。

 

皆さんは、いつWebディレクターやデザイナー、エンジニアになりましたか?