笑顔を創りたいWeb屋の日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。情報デザインやWebの勉強をしています。

「このデザインがいい!」と満場一致なら根拠などいらない。

【スポンサーリンク】

前回のエントリ(「「信頼感や安心感のあるデザインにしました(キリッ」←デザイナーがよくいうやつ。 -」)がどうやらたくさんの人に読んでもらえてうれしい限りなんだけど、ブログでこんな反応をもらいまして。ましてまして(謎)

 

t-matsumoto.hatenablog.com

 

何を根拠にっていうのは、いろいろあるでしょうね。およそ感覚的というか、感覚を理論に落とし込むような作業になるわけですけど、それってあれですね。コンセプトワークとかと近しいものはありますよね(っていうかデザインコンセプト、と捉えればまんま同じなんだけど)。

 

だた、極端な話だけどそもそも根拠なんているの?っていうのが、実は僕の本音だったりする。

 

 

そんなわけで、うぇぶぎょうかいのむめいでぃれくたーのお時間です。



 

いや、根拠必要ですけどね

しょっぱなから矛盾全開。まあ、実際問題として現実的には根拠は必要ですよね。お仕事だったらだいたいどんなことでも。

実際にデザインの方向性やテイストを決めるときに僕がやっていることとしては、以下の調査ですかね。

  • ユーザー調査(とくに嗜好や普段見ているサイトなど)
  • 競合他社調査
  • 自社ブランドイメージ調査
  • 市場調査

とか?まあ、デザインのためだけにここまでやることはないけど。あと、「調査」とか仰々しいこと書いてるけど、ヒアリングだけで終わらせることもありますね。まあ、その辺は予算次第。

でも、やってることはデザインテイストを決めるにじゅうぶんな内容だと思っていて、サイトに訪れるユーザーが誰で、その人はどんなタイミングでどんなデバイスでサイトを閲覧するのか、そしてその人は日ごろどんなデザインに囲まれて、どういうものを好むのか、競合他社は何をやっていて、比較されたときにどういうアプローチが必要なのか、自社のマーケットにおけるポジショニングはどこなのか、とかそういうことですね。

これらをもとにして「では、エンドユーザーがサイトで問題解決をしてくれるために、どういうデザインのアプローチが必要なのか」を導き出します。

でもねぇ・・・

 

 

 

ぶっちゃけ、こんなのどうでもいいよね(ひどい)

 

 

調査というのは失敗する確率を下げるためでしかない。

「こういうことは調査をしないとダメだろ」とか「何事も調査が重要です」っていうのはよく言われるわけだけど、違和感があるんですよね。いや、言葉としては間違ってないですよね。調査は重要。でも調査が重要であるシーンが多いのは事実だけど、絶対じゃない。

 

そもそも、なぜ調査をするのか。

それは、わからないことがあるからですよね。

だったら「わかる」んだったらいらないんですよ。わかっていることをわざわざ調査する必要もない。UXやマーケティングにおいてペルソナの重要性が語られて久しく、最近はあたりまえになってきたけど、プロジェクトメンバー全員がユーザーのことがわかっているならペルソナなんて創る必要はないんですよ。でも、それがわからない人は結構多いと思う。もう固定観念で考えてないんでしょうね。

また、「わからないままでも進められる」ときだって調査はいらないんですよね。「そこはどっちなのか調べないとわからないけど、べつにわからなくても進められるし成果も出るようなので」っていうときは、調査なんかする必要はない。

そう、この世界にはいかに「調査すること」が目的化している人の多いことか。

調査というのは、キリがないんですよ。やろうと思えばいくらだって調査できる。膨大なアンケートもとれるし、アクセスログだって調べられるし、リアルの行動履歴だってとれる時代です。

とすると、何が大事かというと最も大事なのは「調査すること」ではなく、「成果を出すためにどこまで調査にコストをかけるかを適切に判断すること」なんですよ。成果を出すためにやってるんだから、成果が出りゃいいんですよ。でも、何の調査も無しにやると失敗する確率が格段にあがる。だから、少しでもその確率を下げるために調査をするんですけど、そのバランスを見極めることこそが一番重要だと僕は思っています。

 

数字というのは「わかりやすい」だけで「絶対」じゃない。

調査や分析において数字というのは切っても切り離せない関係にありますし、ぶっちゃけ、僕は数字が結構好きです。Excelでサイトや事業の数字を並べて分析なんぞしてるときは、ニマニマしちゃいます。

でも、数字は絶対ではない。

たとえばWeb界隈でよく言われるのはPVですね。大概の場合、WebサイトのPVが増えることは歓迎されることが多いんだけど、でも、これはUIがひどくてサイト内を迷っていても増える(リニューアルすると減ることも多々ある)。また、迷っていなくても、実は全然関係ないユーザーが来訪していてビジネス的には一円も得をしないどころかサーバーに負荷をかけてるぶん損をしているかもしれない。

攻城団団長でありコミュニケーションデザイナーの河野さんも、以前の著書(電書版・そんなんじゃクチコミしないよ。 - 河野 武 | パブー)でこんなことを書かれていました。

・電通総研、5年後(2011年)のインターネット広告費は7500億円規模に成長と予測
http://markezine.jp/a/article/aid/1080.aspx
 
これは、間違って解釈してる人が多いようですが、金額の大きさとプレイヤー数の両方を見なくちゃいけません。テレビやラジオや新聞、雑誌といった4マス媒体はその業界の企業数が非常に少ないので、一社あたりの広告費の取り分が多いのです。

インターネットの場合、ヤフー、グーグル、楽天にライブドアに、それからたくさんの検索とかポータルサイト※ があって、MarkeZine※ やCNET※ のような専門メディアもあり、アフィリエイトサイトなどもあります。頭数が多すぎて割ったらほとんど実入りがないのがインターネット広告費の実情です。
 
この部分をみんなほったらかしで雑誌を抜いたとか新聞を抜くとか言ってるとおかしくなります。数字っていくらでも操作できますし、都合よく解釈できるので気をつけて扱わないといけません。

 

「数字っていくらでも操作できますし、都合よく解釈できる」とありますが、それがなぜ起こるかというと、数字というのは「様々な情報を割り切ってそぎ落としたもの」だからなんですよね。割り切ってそぎ落としているから、わかりやすい。

 

たとえば、サッカーの世界では「パス成功率」という数字がある。
文字通り、選手やそのチームが出したパスの成功した割合を数字にして出しているわけだけど、じゃあこのパス成功率の高い選手がパスが超絶上手い選手かというと、必ずしもそうじゃない。

中盤の密集地でプレーするMFより、後ろにいるプレッシャーの弱いDFの方がパスの難易度そのものが下がるし、同じ中盤の選手でもその選手が突破のきっかけとなる勝負のパスを出しているか、難易度の低い安全なパスばかりを出しているかでも変わる。

たとえば中村俊輔のようにチャレンジングなパスを出しているがゆえに多少パス成功率が下がっているだけなのに、安全な横パスしか出さない後ろの選手の方がパス成功率が高いおかげで「彼の方が中村俊輔よりパスが上手い」という評価はおかしいでしょう。

「パス成功率」という数字にはパスの難易度やポジションの情報が入ってないからこうなるんですよ。でも、あえてそういう情報をそぎ落として表現するから誰にもわかりやすいものになる。

「わかりやすい」というのはだいたい「正確さ」とトレードオフで、デフォルメしているからわかりやすくなるわけですよ。数字だって同じで、数字にした瞬間になにがしかの情報は(あえて)欠落している。

数字というものはそういうものだという前提にたって扱わないと、僕は危険だと思います。

 

つまり、すべては"仮説"に過ぎない。

そう、数字だって絶対的なものではなく、さまざまな調査はそれが定性であろうと定量であろうと「仮説」に過ぎないんですよね。もちろん調査した結果やプロトタイプとしてリリースして得た結果はすべて仮説ではなく「事実」です。でも、それはあくまで(たとえばサッカーなら)「彼のパス成功率は80%だった」というそれ以上でもそれ以下でもなくて、そのファクトに対して「どういう仮説を持つか」というのが出てくる。

したがって、定量的な数字も定性的な調査結果も、「プロジェクトの方向を判断する」という点においてはすべて「仮説(のためのもの)」なんですよね。

はっきりいって、未来のことは誰にもわからない以上、すべてのことは「やってみなければわからない」であって、「わからないから、できるだけわかることを増やして未来を予測する」ことしか、僕らにはできない。

それは、逆に言えば「どんなに数字や根拠をそろえたところで、自身で仮説を立てて、最後は自身で判断するしか、道はない」ってことなんですよね。プロトタイプ版を出して、たとえばA/Bテストを実施したとしても、そこには季節要因があるかもしれない。もしかしたらたまたま競合他社が見まくっていたのかもしれない。できる限りそういうことを排除してテストするのが王道なわけだけど完璧には無理でしょう。

 

どこかで、絶対に人間の判断が必要になるんですよ。


数字でぜんぶわかればいいけどそうではないし、もしそうならそこに人間はいらないんですよね。仕事やプロジェクトにおいてなぜそこにあなたがいるのかというと、様々な事象や事例を集めて、最終的に判断する必要があるからあなたがいるわけだし、判断ができないならいるべきではないとすら思う。なぜなら、それが仕事だから。

だから、メンバー全員が満場一致で「このデザインがいい(成果が出る)」と思うなら、べつに根拠なんかいらないんですよ。全員がおバカさんでそう言う決め方をすると失敗する確率が格段にあがるけどw、そうではなく長年の経験だったりもしくは自分自身がターゲットユーザーだったりするなら、それでいいんですよね。

成果を出すために、成功するために調査や分析をするのであって、やらなくても成功するなら必要ないんですよ。デザインの根拠もそのひとつに過ぎない。

失敗する確率を下げるために調査をしているのであって、調査が目的になっちゃダメなんですよね。

 

そして調査でわかりきらないところ、最後の最後、仮説を立て自分で判断する部分にこそ、クリエイターやデザイナー、ディレクターの力が問われるんだと思います。

そこで勝負してるんだってことを、忘れてはならないと思います。