笑顔を創りたいWebディレクターの日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。

結局、その都度考えない人は何をやっても無駄よね。

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よっしゃー。また広告出た―出た―。

ダメブロガーっす。ほんと。

まあ、ブロガーにダメも良いもないけど。

僕がダメだと思うからそれでいいのである(ダメなんだか良いんだか)。

 

というわけで書くのです。

本当は他に書きたいことが2~3個ぐらいは溜まってるんだが、まあいいのです(何が)

 

先日Twitterを眺めていたら、その通りだなぁと思うツイートが流れてきてですね。これですね。

 

そんなわけで、うぇぶぎょうかいのむめいディレクターのおじかんです。

 



 

サッカー思考で仕事を考える。」でもこんな話を書いたんだけど

 

「バルサ(バルセロナ)式サッカーを目指す」

とかまあ、ほんとに多くの監督が言うわけですよ。

~~中略~~

「で、うちってメッシいるんだっけ?」

 

これ、お仕事に置き換えると僕はこうだなーと思います。

( ・ω・)つ「え、うちってジョブズいたっけ?」

ほら、いるじゃないですか。某リンゴ社が好きな経営者とか管理職とか。すぐに真似したがったり「ウチも業界でそういうことをやっていこう」とか。例えばそのキャッシュ・コンバージョン・サイクルの話とか(読むのがめんどくさい人のために要約すると、アップルさんは商品が出来る前から代金をもらっているという話です)。あれ、自社にiPhoneとかiPadってあったっけ?っていう。

 

どうしてそれができるのか、どうしてそうなったのかを考えもせずに成功事例の上澄みだけ見てパクって見て失敗するっていう事例はもう世の中、枚挙に暇が無いわけでございますね。ええ。僕が関わって来た上司とか経営者にもそういう人いっぱいいたなぁ。そしてそういう人に限って見栄えばかり気にする。Webサイトのデザインとか。ビジネスがかっこよくないのに、サイトだけかっこよくしようとか。うん。なんだそれ。

 

意識高い系管理職に多いのが「残業いくない!残業する奴仕事できない!」とかいうフレーズなわけですけども、だいたいそういう人が残業をどっかで評価してたりもするわけで。残業が多いか少ないかっていう表面的なものでしか物事を判断してないから。そのくせ超簡単に「高収益企業を目指す」とかねー、言っちゃうわけねー。残業の話はどっかの本で見ただけでしょうね。高収益企業ってのはいつでも思っているただの夢。達成する気が無い夢(そりゃなれるもんならみんななってるよねぇ)。

 

残業するもしないも、休日出勤が多いも少ないも、そもそもタスクの量、与えている工数ありきの話で、それが1日8時間を超えてるなら普通にやれば残業なのは当たり前。ただそれだけの話なのに、ただただ現場に残業してる/してないという二元論のみを語るだけなら、そもそもあなたはいらんよっていう。

余談ですが僕は「ノー残業デイ」をつくって鼻高々にしている経営者というのがキライで、そんなもん両脇にスーパー残業デイができるだけだろとか思うのですよね。余談でした。

 

もちろんそれは管理職や経営者に限った話ではなく、そりゃ現場にもそういう人はいますわね。

 

「どうやったら良い設計ができるんですか?」

 

とかよーく聞かれるんですが、そんなのこっちが知りたいよ(切実)と思う話で。

いや、まあ、無いことはないです。

たーくさんWebサイトを見るとか、世の中のデザインやクリエイティブをいっぱい見るとか、サービスを体験するとか。当然、そんなの調査だったりフィールドワークといえばそれまでで、要するにHCDにならってそのままやるというか、ペルソナでもペーパープロトでも、カスタマージャーニーでもやりゃええよ、きっとやって損は無いよぐらいのことなわけですが、でも、やったからって必ず良いものができるわけではないんですよねぇ。

 

どんな手法を使ったって、手法ありきになってる時点でもう勝負はほとんどついていて(敗北の方ね)、結局どんなケースだって基本的にはその都度その都度、最適だと思う術を考えるしかない。ペルソナつくっときゃ良いものができるなんてあるはずもなくて、そのペルソナをちゃんとうまく使う脳みそ、いや、意識の方がしっかりしてないと無用の長物になるだけ。

 

世の中のほどんとのことは手段に過ぎないと僕は思っていて、「何をしたいのか」に紐づいてすべての手段を選択しないとうまくいくはずもなく、それこそ(目的に対して適切に複数の手段を選択すること)が本来のクリエイティブだと信じて疑いません。

 

だから、正解なんか聞かれてもいつだってほとんどのことは正解はわからないし(「無い」んじゃなくて「わからない」)、そんなもんを聞く時点でもうだめだよねぇ、とか思ってしまうわけです。よしんばそこで数年ぐらい使える絶対的な正解を持っていたとしても、そんなもんだいたいすぐに変わってしまうし、そもそも自分より若い人達がスタンダードな文化になっていく流れでは確実に陳腐化して使えなくなるのは目に見えてるわけで。

 

そんなとき、自分より若い人たちに自分が対抗するとすればそれは目先にある解答ではなく、その解答にできる限り高い確率でたどり着ける思考力だと僕は思っていて(もしくは失敗を回避する思考力)、それにはもちろん柔軟な態度(相手の経験値や年齢など関係なくできるだけ偏見なくインプットする力)が必要だとも思うわけですが。

 

老害の最たる欠点は頭の固さなのだろうと思いますが、しかし、本来思考が固まりやすいのは経験のない人の方であって、いろんなものを見聞きしてきたからこそいろんなケースを想定して思考ができる熟達者の方が柔軟でなければならないでしょ?と思っています。もちろん、経験が故に超絶想定外なことを思考できないという弊害はありますが、それとて「よくわかんねぇけどこいつなんか面白いから採用してみようか」というところに経験というものが生きるべきだろうと考えているわけであります。

 

ええ、だんだん何が言いたいのかわかんなくなってきました。だってそりゃ広告が出たからちゃちゃっと書いちゃおうっていう邪な動機による更新なので。

 

 

いや、実は言いたいことは忘れてなくて(笑)

これまでに出てきた経営者も管理職も現場の人も、共通して言えるのは「物事(問題)の本質を捉えて改善しようという意識がまるでない」んですよね。その都度その都度考えるしかないことを、ノウハウだのハックだのコツだので回避しようとしている。AISASをなぞったら良いマーケティングができるなんてわけがないのに。自分の思考の穴や漏れを見つける手段にはなるんですけどね。フレームワークというものは。

 

 

そんなことばかりやってたら、どんどん新しい情報とそして何より"人"が出てくる世の中で食っていけるわけないよね、ということが言いたいわけです。(時には考えないで行動に移すことも含め)ちゃんと考えて行動しないと、そのうち食いっぱぐれるよね、と思うわけです。で、そういう人が老害って呼ばれちゃうんだろうなーと。

 

こわいこわい。