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笑顔を創りたいWeb屋の日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。情報デザインやWebの勉強をしています。

使いやすい、使いにくいの前に。

日々雑感

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Webに限らず、そのものが使いやすいか、使いにくいかということはかなり重要で、世間でも声高に叫ばれていることですよね。やっぱり、使いづらいツールっていうのはイライラしますから。

これは、たとえば案内表示やパンフレットにも必要とされることで、ユーザをどうナビゲートするかということになります。

この前行ったゲレンデの話ですが、ゲレンデマップのそれぞれのコースが色の線で表現されているんです。まあ、割とポピュラーな手法ですよね。ゲレンデの中で滑ることができるコースを太線で表現するというのは、山を見ただけでははっきりとわからない「絵」の中にユーザが必要とする「情報」を盛り込む(もしくは強調する)という手法。これぞ情報デザインという気がします。

が、そのマップ、なぜか青線が上級者コース赤線が中級者コースなんですね(笑)。これは、見づらい。いくら色で差別化を図っても、人間の認知に支障を来たす配色をしては元も子もない。赤色というのは一般的に危険や禁止、エラーなどを表現する色ですから、やはりこれは色を逆にするべきだと思います。

が・・・、ここで間違えてはいけないこと。

それはゲレンデ自体の良し悪しとは無関係ということですね。

マップの良し悪しがゲレンデ評価の一つになり得るのは間違いないですが、実際に滑ってみて楽しいかどうかということはまた別の話で、それは山自体が持つ能力に依存するところが大きいはずです。ここが、デザインの落とし穴だったり、デザイナーの勘違いを生んでいたりする部分ではないかなと個人的に思っています。

たとえば「ゲレンデを繁盛させるポスターを制作して欲しい」という依頼が来て、ポスターを制作するとします。割とありがちな依頼というか、インターンシップなんかでもありましたねぇ。でも、これはほぼ不可能なんです。なぜなら、手法が「ポスター」に限定されているから。というより、依頼者も制作者もポスターしか見ていないから。「ポスターを依頼されたら、売れるデザインをするのがデザイナーの仕事」という話を良く聞くのですが、それは狭義過ぎるでしょうと。

たとえば御殿場のゲレンデが白馬(長野県)のゲレンデに対抗意識を燃やして「あそこより集客できるようなポスターを作ってください!」というのは、これは至難の業です。ゲレンデの質が違うし、できることも違う。ポスター一つで簡単に人が増えるなら誰でもやってますよw。それができるのが優秀なデザイナーだと捉えられがちなんですが、それこそユーザをバカにしているよなぁと思います。

ポスターにせよWebにせよCMにせよ、消費者にリーチするためのツールなのです。

そのもの自体がメインサービスを展開しているわけではない。

ゲレンデで言えば、Webもポスターも消費者に対して情報を提供するツールであって、それ自体が楽しいわけではない。最大の目的は楽しくウィンタースポーツをすることであって、それを提供しているのはゲレンデそのものです。だから、どんなに楽しそうなデザインのポスターやかっこいいポスターを作ったって無駄なんです。実際には白馬の方が圧倒的に広いゲレンデで、リフトやゴンドラも充実しているわけですから。

だから、逆に言うと「そのゲレンデが提供できるサービスは何なのか」をきちんと突き詰めて把握して、それをユーザに届けることこそがポスターやWebの役割なんです。ビジュアルだけを考えても意味がなくて、大事なことは消費者がゲレンデに行きたいと思ったタイミングから、楽しんで帰るまでの全てのシーンの中でサービスを組み立てることであり、ポスターやWebがどの場面でどんな働きを必要とされるのか、そのサービス全体をクリエイトしないかぎり、売れることなんてないはずなんです。もし、御殿場のゲレンデが「ウチは広くて多種多数のリフトを売りにしたいんです!」と言ったら、クリエイターやデザイナーは断る勇気を持たなければいけないと思います。それで勝負しても勝ち目がないのだから。

まあ、だから売れないものは売れないんですよね(笑)

どんなにポスターやWebを斬新につくっても、そもそものメインサービスにユーザニーズがないならどんなことやっても無駄です。メインサービスそのものを見直していかないと。ポスターでの認知というのは結局、物理にせよ非物理にせよアクセスの良し悪しでしかないんです。魅力を伝えているのなら、その魅力がわかりやすいか、わかりにくいかという視点でしかない。魅力を知りたがっている人が、それを知りやすいかどうかでしかないということです。その魅力自体をユーザが求めていなかったら何の意味もない。どんなに魅力がわかりやすい告知をされても、それに興味がなければ行かないでしょ?

「使いやすい・使いにくい」というのも全く同じで、これは「目的達成にたどり着きやすいか、たどり着きにくいか」ということでしかないんです。そもそも、「その目的に意味があるのか」ということの方がもっともっと重要で、もっともっと難しいと思います。目的がはっきりしていれば、それにそってインターフェースを創りこんでいけば良いだけで、時間がかかったとしてもユーザテストを繰り返していけば良い物ができる。でも、その前段階、「ユーザに与える目的=価値」というものはそうそう簡単に答えが出るものではないですよね。

つまり

「使いやすい・使いにくい」の前に

「使えるか・使えないか」

をまず考えるべきだと思うのです。

「ユーザエクスペリエンス」=「ユーザにどんな体験を与えるか」ということが声高に叫ばれていますが、それを「いかに心地よいインターフェースを創るか」とか「ユーザを迷わせないナビゲーションを構築するか」という話に置き換えてしまう嫌いがあるような気がします。迷う迷わない以前に、それを使いたいと思うかどうかの方がまず先に来るべきで、使っても意味がないものをどんなに使いやすくしてもらったところで、ユーザの満足体験にはつながらない。

ユーザが求めているものは何ですか?

それに応えるコンテンツは何ですか?

まず一番初めに考えなければならないことはこれで、

これが決まって初めて階層構造、インターフェースが考えられると思うんですよ。