笑顔を創りたいWebディレクターの日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。

「正解がない」は使わないようにしている。

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こんばんちは、スーパー太っちょWebディレクターです。
スーパーは太っちょにかかります。

「こういうのは正解がないから」ってよく巷で言われるし、僕も言われたりしてきたんですけど。これ、違うと思うんですよね。正解はあるでしょうよ、といーっつも思っていて。

いや、言いたいことはわかるんですけどね。

ただ、僕はこのフレーズすごく危険だと思っていて。とくに若手と接するときには使わないようにしている。「使わないように気をつけている」じゃなくて「絶対に使わないんだぞ」というぐらいには、使わないであるます。

 

 

そんなわけで、うぇぶぎょうかいのむめいでぃれくたーのお時間です。

 

■目次

 



 

正解はたぶん"ある"

これを選べばいい!とか、こういうときはこう!っていうのがないことを「こういうのは正解がないから」って言ってるんだと思うのだけど、それは「正解がない」とは違うと思うわけですよ。

 

たとえば、いまここにA・B・C・Dの選択肢があるとして。

 

Aをやったら結果30点。

Bをやったら結果40点。

Cをやったら結果90点。

Dをやったら結果60点。

 

であれば、Cが正解なんだと思うんですよ。だってそれが一番良い結果が出るから。基本的に仕事(に限らないけど)における問いは「一番良い結果を出せる選択肢をえらべ(判断を下せ)」なのであるから、それなら正解はCということになる。

これは、論理的に正しい選択をしろとか、結果が見えてるんだから一番高い選択肢を選べとか、そういう話をしているわけではなく。

そもそも、ほとんどのことは「やってみなければわからない」のが常であって、最初から「Cを選べば90点」なんてわかってりゃ苦労はないわけで。

そういう話をしているのではなく、何がどうあろうが、判断が論理的であろうが破綻していようが、そのときCを選択したら90点(一番良い結果)になるなら、じゃあそのときの正解はCですね、というただそれだけで。

 

 

"どれを選んでも正解じゃない"も違う

時折、どの選択肢を選んでも期待した結果は得られないので、どれも正解じゃない、という表現をする人がいて。僕はそれもちょっと違うのでは?と思うわけですよ。

 

Aをやったら結果30点。

Bをやったら結果5点。

Cをやったら結果20点。

Dをやったら結果10点。

 

みたいな。もうボロボロっていう。

これで、A~Dどれを選択しても期待した結果にはならないからどれも正解じゃない、と言うのはおかしな話で。だって、どれかを選ぶ(もしくは"何も選ばない"を選ぶ)必要があるのだから。

どんな選択をしてもズタボロな結果にしかならないのなら、それはそこに至るまでの選択を誤った話であって、今どうすべきかという話とは本来関係がない(過去に学ぶ必要はあるけど)。

Aが30点で低かろうがなんだろうが、Aを選択したら(そのなかでは)最高点なのであればAが正解なのであって、それ以上でもそれ以下でもないと思うわけなんでございますのよ。

もちろん、A~Dのどれでもない、もっと良い選択肢があるならそれはもちろん模索すべきだけど、それとて「どれも厳しいから、他の可能性を探る」という思考にいくと言う話であり、そもそもそれは「選択肢を並べる」というプロセスの方に不足がある話で。どれを選んでも失敗だから、正解はないというのは、事実の捉え方がおかしいと思うのですねぇ。

 

 

正解がないんじゃない

だから、正解がないんじゃないんですよ。
(ないんじゃないん、ってなって自分で何を言ってるのかわからなくなってくる)

 

正解が"わからない”、だと思うんですよね。

 

正解はあるんですよ。考え得るなかで一番良い結果になるものが正解なのだから。それが論理的であるか、理にかなっているかどうかは知らん、という話でもありw。

ようわからんが、どう考えてもおかしなものを出してるのに、ようわからんが成果が出る、ということは往々にしてあるわけでして。

再現性などという、人間ごときが未来をコントロールしようとすなと神に怒られているのか?と思うほどに、ようわからんことをしているのになぜか良い結果になったりすることがある。まあだいたいにしてそういうのは続かないので、再現性は大事なのですけど。

きちんと論理性を持ち、仮説と検証を繰り返し、過去の事例に学んだ方がおそらく成果の出る確率は高いのだけど、所詮は確率論であって外れることも大いにある。つまり、マーケティングにせよプロジェクトマネジメントにせよ、結局は手段に過ぎず、ときにはそんなもんすっ飛ばしてさっさとやってみた方が良いこともたくさんある。

そうやって、おい、おまいさん、なんでそのカスみたいなバナーがHITするんだよ、なんだその見たこともないCTRは、みたいなバナーが生まれる。話がそれた。

「こういうのは正解がないから」

というのは

  • 「学校のテストみたいに、絶対的な正解があるわけじゃないからね」
  • 「理詰めでいけば必ず辿り着ける正解があるわけじゃないからね」

と言いたいのだとは、思うのだけども。

だがこれは、一種の「思考しきること」からの逃げだとも思うわけです。

もちろん、結局最後はギャンブルなわけで、考えて、考えて、考えた結果、最後は感覚で選ぶしかない、ということはある。

あるのだが、それは「考えて考えて考えた末に」たどり着くものであって、最初から「こういうのは正解がないからね」と言ってしまうのは危険だと思うのでありますよ。

正解がないんじゃなく、正解は"わからない"から、とにかく考えて、模索して、ああでもないこうでもない、やっぱこうか?と悩んだ末に、「最後の最後はもう、どっちにギャンブルするかやな」となるはずで。

 

まあでも、わかってる人はいいのです。

要するにちゃんと考えて決断を下せればいいのだから。

ただ、そういうプロセスに慣れてない人=多くの場合は若手に、このフレーズを言ってしまうのは危険だと思うんですよね

うっかり「そっか!正解はないんだから、(それなりに)自分で考えた、自分の思うものをやればいいんだ!」と誤解されがちで。最終的に「私がこう思うんだからこれでいいじゃないですか」という人になる。そうして「根拠を説明し、相手を説得して進める」ことができないWebディレクターやビジネスパーソンが爆誕するわけでございます。

 

だから、僕は若手に接する時はとくに、そして自分に対しても「こういうのは正解がないからね」というフレーズは使わないようにしていますね。

 

 

【告知】Podcast生配信イベントに出演します

「Webクリエイターによるポッドキャスト11番組を集め、原宿のスタジオより生放送をする1Dayイベントを2025年9月13日開催」っていうお祭り的なイベントにワタクシも出演することになりました。(個人の方ではなく「なんでもディレクション」の方)

どの時間に出演するかは最終調整中ですが、他の方も面白いと思うので、ぜひぜひ当日は予定を空けてお聞きいただければ幸いでございます。

メンツを見る限り、僕が一番くだらない話をするんではないかと思っています。