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笑顔を創りたいWeb屋の日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。情報デザインやWebの勉強をしています。

お仕事の教育に「褒めて伸ばす」とか「叱って伸ばす」とか、正直くだらんと思うわけです。

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月1更新のウンコブロガーな僕がまさかの連投です。どうしたんでしょうか、病気なんでしょうか。病気ではないですご安心くださいませです。

さて、僕は会社の立場上、そして年齢的にも自分より経験(年数?)の浅い人を指導して教育する立場にあります。

そういうとき「褒めて伸ばすべき」とか「もっと厳しく叱るべき」みたいな議論がいろいろなところで起きたり起きなかったり(謎)しますが、僕はこの議論って本当にナンセンスだなぁと思うのでございますねぇ。ございますねぇってなんだ。

今回は上司とかマネージャーとしての「教育」のお話です。

 

そんなわけで、うぇぶぎょうかいのむめいディレクターのおじかんです。



 

人を褒めて伸ばすとか、厳しく接するべきとか、まったく無駄だとは言わないけど本質論とはだいぶかけ離れてると思うんですよね。さらに言えば、相手の様子を伺いながら褒めたり叱ったりするというのはマネージャーとしては最悪だとすら思います。

人はなぜ相手を褒めるかというと、それは「普通」より「たくさんできた」から「褒める」んですよね。これはお仕事に限ったことではないと思います。

僕は子供を持ったことが無いので「子供だって~」という表現はできないんですけど、たとえば専門学校の先生をやっていたこともあるので、「何かを教えて育てる」という観点からいくと、「業界の子供」である学生にとって一番身近で、一番ダイレクトに響く評価って先生なんですよ。社会(というより現場?)とのつながりがない彼らにとって自分がどれだけできているのかいないのかを測る最もわかりやすくさらに日常的な物差しは先生の評価です。

自分が頑張ったことに対して、どういう評価をもらうのかは学生にとってとてもとても重要で、職業訓練の意味合いも持つ専門学校の場合、ともすれば先生のたった一言がその学生の人生を左右することだってあるわけです。

そんなときに、相手の顔色をみて褒めたり叱ったりするような人というのは本当に最悪で、教育者というのは毅然とした態度をとらねばなりません。毅然とした態度というのは、「ブレない評価」です。顔色を見てほめたり叱ったりというのはこれがブレるから最悪なんですよね。

今辛そうだから褒める、なんかすごいダメだったから感情に任せて叱る、なんてことをしたら相手は「自分がどれくらいできたのか(できなかったのか)」について適正な査定ができなくなる。

「あのときは褒められたのに、今回は叱られた」

となると、何が正しいのかがわからなくなる。そうすると、正しい方向へ進むことができなくなるし、最悪の場合、評価者(この場合は先生)の顔色を窺うという超最悪なクリエイターに成長します。

これはお仕事においても変わらなくて、というか、授業とかテストとかいう「日常的な教育」がない現場のほうがむしろこれが大事だと思っています。なぜなら、基本的にはアウトプットでしかコミュニケーションができないから。(社内研修とかある場合はべつですけどね)

 

上司やマネージャーというのは常に「ブレない評価基準」を持つべきだと思うし、そしてそれは相手によって変えるべきですよね。だって経験年数が違えばできることも求められることも違うのだから。つまり、お仕事で教育を担当する場合、褒めて伸ばすとか叱ってやる気を出させるとか、そんなものは小手先の技術であって、一番大事なのは「ブレない適切なハードル設定」だと思ってます

 

アシスタントと名の付く職種の人に「案件全体をみて判断をしろ」というのは無理があるし、メインディレクターからプロジェクトリーダーへとステップを登ろうとしている人が雑務をたくさんこなしたからと言って「頑張ってるね」と褒めるのは違うんですよね。求めているものが違うし、そんなことを褒めていたらその人はそれが求められていることだと思って次のステップへ進めなくなる。

 

  • いまこの人はどれくらいのスキルセット、マインドセットを持っていて
  • 次のステップはここにいかなければならなくて
  • だから今の仕事ではこれぐらいのハードルを設定する

ということを、適切に行うことこそがマネージャーがすべきことで、褒めるとか叱るというのはそのハードルに対しての結果をフィードバックする手段に過ぎないと思うんです。

これは、裏を返せば、もし相手に対して叱ってばかりになるなら、それはこちらが設定したハードルが間違っているということにもなるんです。この面において相手の現有能力は関係ありません。相手が幼稚園児だろうが社会人2年目だろうが35歳だろうが全く関係なくて、現在の能力に対して次のステップに進むために、いまどんなハードルを設けるべきか、ということなのだから、この面だけで言えば(叱ってばかりになるというのは)マネジメント側の間違いなのです。

 

で、実はこのハードル設定を適切にすることで一番効果があるのは「褒めるタイミングができること」なんです。往々にしてプレーヤー上がりのマネージャーというのは相手を自分と同一視しがちで、あれもできたはず、これもできたはずなどと夢を抱き、もっともよくないのは初めに設定したハードルを越えたにもかかわらず、そこで(おそらく内心は喜んで)次のハードルをすぐに設定したり、あれやこれやと改善点を言ってしまうことがなんと多いことか。

 

きちんとその人に対して適切なハードル設定をしていれば、それを超えてきたときに(多くの改善点があったとしても)褒められるはずなんです。だって、ハードルを越えたんだからすごいことだし。

 

実例を出すと、アシスタントディレクターからメインディレクターにステップアップするとき、一番のわかりやすい関門(ハードル)は「先輩や上司抜きでミーティングに参加すること」なんですよね。

経験の浅いメンバーはこれをかなり怖がります。まあ、そりゃそうですよね。いままで先輩や上司がいて、その人が仕切ったりケツを拭いたりしてきたし、クライアントにも「この会社の顔はこの人」という視線を先輩や上司のほうにあてるわけですから。何かがあればその人が助けてくれる。

これがないというのは相当なプレッシャーで、しかしそのプレッシャーがあるからこそ事前にたくさん準備をしたり、どんな突っ込みが来てもいいようにいろいろと調べていくわけですね。

そうやってがんばってミーティングを切り抜けて帰ってきたとき、そのディレクターは(よほど致命的な失敗をしていない限り)結構な良い顔をして帰ってきます。自信になるんでしょうね。そのときに上司である僕がすべきことは細かい改善点を伝えることじゃないんですよね。そんなもんは後回しでいいし、何なら言わなくてもいい。

たぶん、僕が教えたことに対して70点ぐらいの出来だと思うんですよ。100%できるならもっと早く出してるしw。でも、それでいいんですよね。70点でも、僕らから見たらグダグダでも、クライアントとの戦いともいえるミーティングを切り抜けてきたなら、その時にかける言葉は「よくやった!!!」なんです。

会議に同席した同僚メンバーがいれば、そこからどんな会議だったかは聞くことができます。もし、改善点を伝えるとするならばその同僚メンバーを通してとか、プロジェクトが終わった時にまとめて、で良いと思います。

 

大事なのは、「この人はちゃんとこちらを見て評価している」「がんばったことちゃんと褒めてくれる」と思ってもらうことで、だからこそ、ときに叱ることも「この人がいうんだからきっとダメだったんだろう」と思えるんですよね。いや、これはむしろ逆のほうが正しいかもしれない。いつもブレないハードルをもって叱るからこそ、「ああ、この人が褒めるということはちゃんとできたんだ」と思ってもらえる。

 

だから、「褒めて伸ばす」とか「厳しく接することが大事」とか、正直くだらんと思うわけです。そんなものは最後のフィードバックに過ぎなくて、一番大事なのは相手をちゃんと見て、その人の成長段階にあったハードルを設定することと、そのハードルに対してほめるときはちゃんとほめる、なおいえば、褒めるタイミングをちゃんとつくるのが大事だと思います。でもそれは気分とか顔色を窺ってたら、最悪だよね、という話でした。

 

うーん、我ながら偉そうだなぁw

 

 

追記。(という名の前の記事からのコピペ)

そういえば、そんなスタンスでWebディレクターとして僕が働いている会社がWebディレクターを募集しています。よかったらぜひ応募するといいんじゃないかなと思います。

・・・非常に高い確率で僕が面談とか面接担当として出てきますw

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