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笑顔を創りたいWeb屋の日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。情報デザインやWebの勉強をしています。

ぼくは通りすがりのWebディレクター。-自分なんて所詮その程度-

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今日は日本代表戦ですね。オーストラリア戦ですね。絶対に負けられないことはないけど負けたら結構やばいねという試合ですね。適切なところをついてみました。適切な表現というのは面白味に欠けますね(謎)

さて、適切な表現、というわけではないですが、僕は自分のことを「通りすがりのWebディレクター」と呼んでいます。ってそうそう人に言わないけどw

でもね、(とくに受託の)Webディレクターっちゅうのはみんなこれぐらいの心構えでいいんでないの?と思います。今日はWebディレクターのスタンスとか心構えのお話(いつもそんなこと書いてるような気がするが)。

 

そんなわけで、うぇぶぎょうかいのむめいディレクターのおじかんです。



 とかくこの「Webディレクター」という職種はプレッシャーと隣り合わせですね。僕はもう慣れてしまって"心臓に毛が生える"とはまさしくこのことをいうのだろうなーと思う今日この頃ですが、しかしそれのほうがまれで、どっちかっていうと精神を病んでいく・・・はちょっと極端な例としても、日々悩んだり心を痛めたりする人の多い職業だと思います。

そのあたり(直接クライアントや依頼者とやり取りをしてない限りは)デザイナーやエンジニアに比較しても、日々の精神的圧力が強い職業だと思います。それは裏を返せばそれだけの裁量と期待を渡されているってことの証左なんですけどね。でも、みんながみんなそう思って毎日過ごせるわけでもない。

  • 成果が出なかったらどうしよう・・・
  • 納期に間に合わなかったらどうしよう・・・
  • 修正が膨大になったけどスケジュールが足りない・・・
  • クライアントに否定されたらどうしよう・・・
  • 追加費用なんて言ったらクレームになるかもしれない・・・

こんなこと日常茶飯事ですね。

クライアントから無理難題(だと自分で思っている)なことを言われ、現場には文句を言われ、悩んでるうちにも時間は進み、タスクが山積みで「ああもうどうしたら・・・」っていうのがWebディレクターのお悩みあるあるですね。

そういうとき、ぼくはいつも思うわけです。

 

 

くだらないことで悩んでんじゃないよ。そんなことでディレクターが悩む道理はないんだよ ©橋田壽賀子

 

一部の人しかわからないネタですみません。
あの不自然な長ゼリフが一周まわって逆に心地良い、それが橋田ドラマの楽しみ方というものです。

 

話がそれました。
くだらなくないし、僕だって悩むんですけどねw
でも、僕はいつも「僕なんて、所詮は通りすがりのWebディレクターだし」と思っています。これは何が言いたいかというと、つまりできねぇもんはできねぇってことです。

どんなに強く言われたってクレームもらったって、できないもんはできないわけです。明日1万件の物件情報を持った不動産物件検索サイトつくってくれといわれても無理なものは無理で、可能な範囲でできる話をするしか僕らにはできない。

いまのは大それた話だったけど、べつにそんな珍しい話でもなくて、今晩もらった修正を明日朝一にはできんのです。いや、もちろんその修正量にもよるんだけど、デザイナーだってエンジニアだってご飯食べて寝なきゃいけないし、いい仕事するためにはリラックスする時間も必要なのは当たり前で、だからいきなり大量な修正を夜にもらったところでそれはできないんですよ(特急料金という高価なワープシステムはありますがね、ウシシ)。

だいたい、Webディレクターが悩んでるときってこういうときなんですよね。ありもしない選択肢を描いて、あちらを立てればこちらが立たず、などと1円の得にもならない「ダカラワタシナヤムンデス理論」を打ち出して思考が止まってしまう。

 

いやいや。

 

はじめからそんな選択肢、無いから。

 

できることしかできないんですよ。あたりまえだけど。

「120%の力を発揮して~」とかよく言いますが僕はあれが嫌いで、「発揮できたのならそれが100%じゃねぇか」と。できることしかできんのです、僕らは。火事場のクソ力というやつで普段以上の力が出たとして、であればそれは「普段が80%ぐらいだった」というだけのことですね。そしてそれでいいと思います。毎日生きていくのだから、どこかに(無意識にも)余力があるのは当たり前。

僕らができるのは「いかに100%に近い力を発揮できるか」であって、120%とか160%ではない。そこを見誤り普段を100%とするから能力(=できること)に天井がないような錯覚をして、「ありもない選択肢」を描いてしまう。

 

"通りすがりのWebディレクター"とは僕のそれらの考え方の集合体です。

ちなみにこの「通りすがりの~」というのは、島田紳助さんのパクリです。彼は自身のことを「通りすがりの司会者」と言っていて、意外にも彼は視聴率という数字をそこまで気にしないし、実はプロデューサーやディレクターにもそこまで口を挟まないんだそうです。

この本の中で語ってます。(原本が手元にないので文そのままは抜き出せない・・・)

哲学 (幻冬舎よしもと文庫)
島田 紳助 松本 人志
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彼が言うには、自分は通りすがりの司会者であって、番組は自分の物ではない。数字が出なくて責任を取るのもプロデューサーやディレクターであって、司会者ではない。だから、プロデューサーの話を聞いていて「それじゃあかんと思うけどな」と感じることがあっても基本的には口を出さないそうです。なぜなら、自分は通りすがりの司会者だから

「番組の数字に責任持つなんてしないし、だから必要以上に口出しもしない。けれども、ちゃんと仕事はきっちりとしまっせ」
※toksatoの意訳ですが、大筋は本人の意図と間違ってないと思います。

ということ。

自分はあくまで番組の機能の一つで、優秀な司会者としてがんばるけれども、それ以上のことは知らんよ、という。この辺は、多分にクリエイター気質の強いDT松ちゃんこと松本人志さんとは全く違う価値観でしょうね。

あれだけ笑いについて研究と分析を重ね、話芸では右に出る者がいないほどの司会者となった彼なのに、いや、彼だからこそ、「俺は通りすがりの司会者」と言い切るのはかっこいいなぁと、思います。

そう、これは決して自身の領域を狭める話でも、言われたことしかやらない、成長を止めてしまう話ではないんですよね。職人として、求められていることをきちんと把握し、それに対してきっちりと、100%(に近いレベル)で応えようとする、ある種のプロフェッショナル魂の表れだと僕は思っています。

プロだからこそ割り切るし、プロだからこそ妥協を許さない。意外にもこれは両立するんですよね。変に期待をさせてなんでも引き受けて、言うべきことを言わずにクライアントに夢を抱かせてクレームをもらうよりよっぽど素晴らしいスタンス。

 

できないことはできないし、無理なものは無理なんです。

「通りすがりのWebディレクター」は、ありもしない選択肢を描いてはいけないし、それに悩むなんてもってのほか。できないことはできないといい、やれることをとにかくまっとうする、それが本来Webディレクターに求められていることだと思います。

クライアントがWebに夢を抱いているなら(それは大変光栄なことだと思いつつ)、「この状態でその施策を打っても売れないと思います」とはっきり言うべきだし、それでもやるというなら、そこで数字(売上)にコミットする必要もない。売上じゃない何かで貢献できるのかもしれないし、クライアント社内においてはそこを通らないと次のステップに進めないことなど往々にしてある。だったら、一介のWebディレクターとして「わかりました。やりまっせ」と言えばいいだけ。

しかしこれは、一方で自身にこういう問いを投げかけることにもなります。

 

「お前は、本当にやれることをやりきったか?」

 

「通りすがりのWebディレクターです」と言い切るからには、逆に言えば「通りすがったときに求められたこと、自身としてできることをきちんとやりきったか?」ということが常に問われるということです。「僕はただ通りすがっただけなんで」と簡単に要求を捨てられるようなそんな甘い話じゃない。相手に無理難題を押し付けられ「それは無理です」というからには、それを断れるほどにやれることをちゃんとやってきたか、という問いが常についてまわることになります。

そしてさらには、「できることを精一杯やった自分に市場価値があるのか」ということも問われてきます。「通りすがりのWebディレクター」というなら「通りすがったときに声をかけてもらえるか」ということがとても重要になってくるのだから。

だから、「通りすがりのWebディレクター」といったからと言って責任を放棄するわけでもないし、自身の成長を止めるわけでもないんですよね。そうじゃなく、むしろ逆で、きちんと自身が組織やプロジェクトの中で機能することを必死に考えるべきだし、だからこそできないことは勇気をもってちゃんと「できない」と表現することが大事だし、そしてその「できること」を日々増やしていかないといけない。

「通りすがりのWebディレクター」はありもしない選択肢を描いて悩んではいけないし、あちらを立てればこちらが立たずなどという本質的でないことに悩むべきでもない。できること、できないことをきちんと判断して、すべての判断とアウトプットを勇気をもって行う必要がある。

だから、僕は「通りすがりのWebディレクター」でいいと思っています。

 

追記。

そういえば、そんなスタンスでWebディレクターとして僕が働いている会社がWebディレクターを募集しています。よかったらぜひ応募するといいんじゃないかなと思います。

・・・非常に高い確率で僕が面談とか面接担当として出てきますw

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