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笑顔を創りたいWeb屋の日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。情報デザインやWebの勉強をしています。

「自分に才能があるか」なんて考えるだけ無駄(なことが多いw)

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いや、無駄じゃないです(笑)

むしろ、僕自身、それに怯えてビクビクしてます。だから、無駄ではないんですけど、だいたいそれを考えている時の大半は「無駄だろうな」と思うわけですね。

 

先日、僕が勤める会社でキャリアに対する勉強会がありました。このスライドの林さんが来社して。会社のブログにレポートがあるので、そちらご覧いただければ→「社内勉強会でWeb業界のキャリアデザインについて考えてみた」。ちなみに僕もレポート書いてますが、まだ書きあがってないのであります。乞うご期待なのであります。

 

 

そんなわけで、うぇぶぎょうかいのむめいディレクターのおじかんです。

 



 

で、本題。

林さんのお話の中で「そんなに毎日毎日キャリアについて考えすぎるのは疲れるし大変。節目節目で考えるのが大事」みたいなお話があって、確かに、そうだよなぁーと思います。

 

大きな仕事を任されると、やっぱり不安になる・・・けど

大きなプロジェクトにアサインされたり、プレッシャーのきつい仕事を渡されたりするとやっぱり不安になります。炎上したらどうしようか、失敗したらどうしようか。自分にはそんな才能は無いんじゃないだろうか。大丈夫だろうか、大丈夫だろうか、大丈夫だろうかガクブル。。。

 

無駄だと思うんですよね、この時間。

少なくともこの時点で決まっているものは「できるもんはできるし、できねーもんはできねー」でしかないと思います。例えば、「いまから100メートル先の取引先に走って10秒でこの資料を届けてください」なんて依頼が来たら悩むかというと、悩まないですよね。だって無理だもん(笑)ボルトでもなきゃカール・ルイスでもないわけで、そんなに早く走れるわけがない。だったら、断れば良いですね。仕事を受ける前に断ればいいです。「ごめんなさい、それは私にはできません」加えて「そもそも紙で渡さなければいけませんか?データで送付ならできますよ?」と言えるともっといいかもですね。

 

才能があるかどうか、できるかどうかは依頼を受ける前、仕事を選ぶときに悩むことであって、受けてから悩んでもしょうがないんですよね。だって、受けちゃったら基本的にはやるしかないんだから。

Web業界で生きていくというのも同じで、こんな偉そうなこと言いながら僕も日々不安になったりします。僕、食っていけるかなって。でも、そんなこといま考えるだけ無駄なんですよね。だってもうその業界にいて仕事してるんだから(笑)

 

転職するとき、人は「面接で受かるかどうか」「面接官や経営者に認められるかどうか」で悩みますね。でも、ほんとはそこで悩むべきは、この時こそ「Web業界で自分はやっていけるだろうか。向いてるだろうか」って方なんですよね。採用試験は通過点でしかなくて、そこを突破したあとの方が長くて大事なんだから。

 

Web業界に入ってから本気で悩むのでは遅すぎるし、その時にはもっと別のところに力を使うべきだと思うのです。生き残れるかどうかじゃなく、生き残れるにはどうしたら良いかを考えるしかない。

 

ピッチに立ってから才能に不安になるなんてバカげてる

僕ら人間は、基本的にはできることしかできない。できないことはできません。うん、そらそうですね。「できないこと」を「できること」にすることもできますが、それには「挑戦」が必要で、その「挑戦」が「できることに入っているか」がまず判断基準になります。

 

・与えられた仕事を成功させるにはどうしたら良いか。その確率を少しでもあげるにはどうしたら良いか。

 

そんなの、決まってるじゃないですか。

「自分がやれることを全部やりきること」

それ以外にはないですよね。だってやれることしかやれないんだから、少しでも成功に近づけたければそれしかないじゃないですか。できないことはできないんですから。明日スーパーマンになれるわけでもないし。そのときに「自分に才能があるか・・・」なんて悩むだけ無駄で、そんな時間があるなら目の前の仕事のことを考えた方がずっと良いはずです。

 

まあ、簡単なことですよね。

ピッチに立ってから「自分はサッカー選手として才能があるだろうか・・・」なんて悩むなんてバカげていることで、そんなもんはピッチに立つ前に考えることであり、ピッチに立ったならまずは「どうやってこの勝負に勝つか」を考えることに集中すべきです。才能があろうがなかろうがもうピッチに立って試合に出ちゃってるんだから。もう、キックオフの笛はなってしまっているんだから。

 

誤解しないで欲しいのは「自分の能力に鈍感であれ」というわけではないです。いつだって自分の能力、できることできないことには敏感であるべき。ただそれは、その世界で生きていけるかどうかに使うのではなく、いかに試合で活躍して勝利するかに使うべきだと思うのですね。このタイミングでは。

 

自分がそのボールに追いつけるかどうかは常に冷静に見極めるべきだし、その結論としてボールにアプローチすべきなのか、一歩引いて敵がボールを持ったところにチャレンジするのかを判断することはとても大事なことだと思います。ただ、その時に「自分がこの世界でやっていけるかどうか」なんてことで悩むのは時間の無駄なんですよね。全力でピッチを走ることしかできないなら走ればいい。むしろ、悩んで力が発揮できないことの方がよっぽど失敗の確率があがります。

 

仕事を任された時、自分の才能に不安を感じて悩んでも何もはじまりません。無駄な時間だと思います。どうせできることしかできないですから。できることを精一杯やるしかなくて、それでも失敗するならそれはもう始めから失敗することだったんでしょうねー。悩んで、パフォーマンスが落ちる方がよっぽど危険ですよね。できたはずのことすらできなくなる。成功してたはずのことも成功しなくなる。

 

いや、もしかしたら本当にできないことを任されるかもしれません。仕事の途中で悩んでそう思うかもしれない。だったら、依頼者にそう言えばいいだけです。ピッチのなかで自分に戦う力がまだないと思うなら、自分から交替を願い出れば良いだけです。というか、それしか成功する道がないのだから。悩むことじゃないです。そんな暇があったら一刻も早く降りた方がいい。

 

結局、アサインされた時点で「できなかったらどうしよう」なんて悩むのが間違いで、「できるためにはどうしたら良いか」を考えるしかないんですよね(その結果として仕事を降りる選択もあるかもしれませんね)。

 

とはいえ、やっぱり不安にはなる。そんなときは

Web業界に入って仕事してる時点で「才能ないんじゃないか。やれるだろうか」なんて悩み続けるのは無駄でしかなくて、そんなことは転職するときとか、将来のキャリアを考えるタイミングで悩むことで、普段はそんなことより「どうやったら生きていけるか」を考えるべきだ思うんですね。でも、やっぱり不安にはなる。でも、業界に入ることも、一つの仕事を受けることもそうですが、そこには「認めた人」がいるわけですよ。「こいつに依頼すれば成功する」と思ってピッチに送り出してる人がいるわけです。

 

だいたいお仕事には「できる」と思って任せている指示者がいるわけで、自分ができなければその人のせいでもあるわけですよね。ピッチに選手を送り出した監督にも責任はあるということ。

そういうとき、ぼくは

 

「まあ、あの人が"できる"と思って渡してるんだから、必死にやればたぶんできるんだろう。できなかったら、いくらかの責任はあの人のせいになるんだろうし(笑)」

 

と思って開き直ってやっちゃいます。

いや、これはこれで「失敗したらあの人に迷惑かける・・・」という諸刃の剣ではあるわけですが、要はもっとも大事なのは「自分のメンタルバランスを最適なところにおいて、自分の力を最大限に発揮する」ということであって、そのために意識をどう向けるかでしかないんですよね。「あの人に迷惑かけるから頑張らなきゃ!」と思ったほうが力が出るなら、それでも良いと思います(実際、僕もそういう意識もありますし)。

 

僕らは結局、100%以上の力なんか出せなくて、だったらその100%にいかに近づけるかに意識を集中させることが大事かなと思います。