笑顔を創りたいWeb屋の日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。情報デザインやWebの勉強をしています。

相手が動いてくれないのは「否定の仕方」が悪いからだと思う。

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なんか思い立ったので書いてみる(謎)

Webディレクターというお仕事をしているわけですが、誰かにお仕事を依頼したり、あがってきたものに意見をしたり、修正指示をしたり、はたまた何かを教えたりすることが多いわけですけど、そのときのコミュニケーションでもうほんと180度といっても過言ではないぐらい方向が変わると思うのですね。それを改めて思うので、それについて書くのであります。

 

そんなわけで、うぇぶぎょうかいのむめいディレクターのおじかんです。

ビジネスマン

 



 

僕の個性なのかなんなのか、Webディレクターという仕事だけでなく、単純に後進の人に何かを教えるタイミングが増えてきました。後進じゃなくても、僕が長けている部分について、対等な立場の人に教えるとか。

 

そういうとき、もちろん、基本的には「正しいこと」を言わなければいけないわけです。正しいとは「その議題に対する正解」という意味で。でも、それを突き詰めるというのは、違うのかなと最近は思います。プロジェクトとして、成果物として、内容として正しいことが、必ずしもその場において正しいことではないんだろうなと。あえて誤解を恐れずにいえば正しさの度合いを緩めてでも、もっと大事にすべきことがあるんだろうなということです。

 

相手に意見をする、依頼をする、議論をするという時点で、確実に一つの目的があると思うんですよ。それは紛れもなく「相手に理解してもらう」。どんな崇高なことを言おうが、どんなに内容的に正しいことを言おうが、それが相手に伝わらなければ何の意味もないのです。だって、相手に伝えるために発言するのだから。であれば、大切なのは、自分が何を言いたいのかということと同じかそれ以上に、相手が何を考え何を言おうとしているのかを理解することだと思うのです。まあ、単純な話ですよね。Webサイトをつくるのなら、ターゲットユーザーは誰でその人は何を考えているのか、どんな問題を抱えているのか、それに対して問題解決となるコンテンツや構造を提供するわけですが、それと同じこと。いや、別に仕事じゃなくても、好きな異性にプレゼントをする時も同じですね。

 

これの一つの解が【「人の話を遮らない」ルールで得した3つのこと。】だと思ってます。今日書きたいのは、ここからもう一歩踏み込んだ話です。

 

傾聴スキル・・・は違うと思うのです

傾聴スキルって、ありますよね。

えーと、

「傾聴」とは? - 『日本の人事部』

 

【耳できく】 相手の言葉によるメッセージに最後まで耳を傾け、理解する

 

【目できく】 相手の言葉以外の行動(姿勢、表情、しぐさ、声の調子など)に注意を払う

 

【心できく】 相手の言葉の背後にある感情も受け止め、共感を示す

 

~中略~

 

傾聴力を示す行動例として「相手の話しやすい環境をつくり、適切なタイミングで質問するなど相手の意見を引き出す」ことを挙げています。ただ聞いているだけでもなければ、一方的に問い詰めて訊き出すのでもない。「聴き上手」と言われる人がそうであるように、受け身にならず、相手の話に相づちを打ったり、質問をしたり、ときには自分の考えも交えながら、積極的にアクションを起こして相手の話したいことを引き出す姿勢が、社会人として必要な傾聴力なのです。

 

 

1、傾聴というコミュニケーション コミュニケーション能力向上 7つのコツ

例えば、あなたが人に話を聞いてもらえた時には、

どのような事を感じますか?

 

きっと、うれしい気持ちになることと思いますよね。

 

それと同じで、周りの人の話を聞いてもらえると、

とてもうれしい気持ちになるのです。

 

~中略~

 

ここで、傾聴のコミュニケーションをするときの注意点をいくつか挙げます。

・相手の話を遮らない

・相手の話題を盗まない

・相手の意見を否定しない

 

言ってしまえばこれなんですけど、ちょっと違和感があるんですよね。

この傾聴技法?というものは、調べてみると基本的にはカウンセリングが元になっているスキルのようで、とにかく相手の意見を引き出し、問題を解決することに話が向っています。なので、その観点から見れば、正しいのだと思います。でも、僕ら、べつに仕事を依頼する相手の問題解決のためにやってるわけではないじゃないですか。カウンセリングしてるんじゃなくて、お仕事してるんですよね。同じゴールを目指して。

 

具体的に何に違和感を感じているかというと、

 ・相手の意見を否定しない

とか

 ・相手に共感を示す

とかいうところ。

だってさ、共感できないところを無理やり共感してもお仕事としては良いことはないじゃないですか。そして、どう考えても相手が間違っていたら、否定せざるをえないじゃないですか。ものっすごい依頼したものと違うデザインとかあがってきたら、もう否定しなかったら破綻するじゃないですか。それ、困るじゃないですか。カウンセリングならいいと思うんです。目的は相手の問題解決だから。でも、お仕事は違うじゃないですか。依頼する相手のために依頼しているわけじゃないじゃないですか(なんのこっちゃ)。相手のために仕事しているわけじゃないので、何でもかんでも共感はできないわけですよ。

一つのスキルとして傾聴技法があるというのは認めますが、これはそのままビジネスの現場で使えるものではないし、一つのスキルだとしても、裏にマインドが無ければ無意味だと思います。ただ単に相手に耳を傾けて相手に意見を言わせるだけでは、何の意味もない。

 

傾聴ではなく、否定の仕方だと思う

否定せざるを得ないことはある。とくに、依頼ではなく「教える」の場合は避けては通れない。だって、間違いを指摘して正しいと思うことを伝えるわけだから。でも、そこでただただ「それは間違っている」「これが正しい」と言うんじゃだめだと思うんです。

 

どんなに自分より後輩でも、どんなに自分とは違う世界で生きている人でも、そして、どんなに仕事ができない人でも、その人にはその人なりの考えがあるはずです。もしかしたらそれは僕からみたら浅はかなのかもしれない。いや、これが仮に「教える」となれば、基本的には浅はかな考えなのだと思います。だからこそ教えるのだし。でも、浅はかだろうが何だろうが、その人にとってはきっと一生懸命考えた結論なのですよね。

 

最終的にはどこかで否定をしなければいけないのだと思います。

そして、もし、「正解」というものにたどり着く最短距離があるのだとしたらそれは

 

「そうじゃないよ。君はそこが間違っているよ。これが正しいはずだよ」

 

になるのだと思います。

 

でも、それが必ずしも「成功への最短距離」ではないと思うのですよ。

 

「それは違うよ」「君は間違ってるよ」「これが正解だよ」

こう伝えたとして、その伝えられる相手は人間です。

根本的な話ですが、人間は仕事のために生きているのではないはずです。

自分の幸せのために生きていて、仕事はその手段に過ぎません。

仕事で正解を出すために生きているわけではないんですよね。仕事で正解を出さなくても、幸せならべつにそれで良いはずです。大した問題じゃなければそれでいい。ということは、逆算すれば、

 

仕事で正解を出すこと=自分が幸せになること

 

この等式が成り立たないとうまく行かないんですよ。それなのに、相手の幸せや感情を無視して「正解」ばかりを追求すると、相手は確実に「仕事で正解を出すこと」が苦痛になります。少なくとも、僕がそういう対応をしたら僕と仕事をするのは嫌になるでしょうね。

もちろん、驚異的な確率で正解を出し続けることで「辛いけどこの人の言うことを聞いておくと良い」という形で相手を動かすこともできます。でも、どっちにしても成功するなら相手の心もハッピーになった方が良いはずだし、もとい、おそらくその方法では相手の心が持ちません。毎日つらい思いして、毎日「お前はダメなんだ」という苦痛を感じてまで生きるような生活は、そう長くは続かない。

 

 

 

相手が"納得できる"否定の仕方が大事だと思う

…とか言ってると「じゃあ否定できないじゃん」となるわけですが、いや、否定はせざるを得ない時が来る。自分が絶対的に正しいかどうかはともかく、自分と違う意見の時に、自分の意見を言えば少なからず相手を否定することになる。でも、相手にも相手の考えたことがある。

 

大事なのは「何がどうダメなのか」を伝えることではなく

「あなた(と僕の)の行動のどこがどうしてこうなったのか」を伝えることだと思うのです。

 

ダメな部分を伝えるのがメインではなく「どうしてこうなったのか」に着目すべきということです。結果の良い悪いじゃない。結果が悪いとしたら、それはどこのどういう行動によってそうなったのか、それはどういう心理とどういう環境のもとに生まれたことなのか。話を後進教育に戻すなら、

 

「お前がつくったこの資料のここがダメだ」

ではなく

「こういう考えでこういう形になったのか。なるほど。その考えが前提なら、この資料は正しいかもしれない。でもさ、じゃあこういう時はどうなる?」

と言うべきだと思うのですね。

何が違うのかというと、相手の行動に対して、理不尽さやただただ「自分はできないんだ」だけの感情を与えないという部分です。

そして、付け加えるならこういう言葉もあるかもしれません

 

「この部分が予測できていないんだけど、そこはまだ教えてなかったから仕方ないと思う」

「そこは資料としては間違っているけど、君はまだそこはできなくても仕方ない」

「ここは資料としては間違っているけど、この前教えたところだったからできて欲しい」

「ここは資料としては間違っているけど、この前教えたところだったのになぜてきなかった?」

 →「なるほど、僕の言葉をそう受け取ったのか。僕は○○のつもりで言ってたよ。じゃあ次からはこうして~」

「これは資料としては難しい部分で、みんなができる必要はないけど、君はここができなきゃいけない」

 

話がちょっと教育に寄りすぎたので、対等な立場の人、パートナー(外注)さん相手だとすると

「出している要件とデザインが違うんですけど、おかしくないですか?」

ではなく

「なるほど、そういう意図でこうなっているのですね。それであれば確かにこうなるし、これそのものは間違いでなく良いデザインだと思います。ただ、僕はお話した通りこれこれこういう前提があったので、そこを汲み取って欲しかったです。でも、僕もちゃんとそこを要件定義に明確にできていなかったかもしれないですね」

 

「自責化」といえばそれなのかもしれません。

ただ、それも手段でしかないです。

大事なのは「相手に否定や失敗を納得して受け入れてもらうこと」だと思うんです。

 

仕事ができないことは悪いことじゃない

このやり方をしていると、正直に言えば「正解」への到達スピードは遅くなると思います。時間も労力もかかるし、「本質」への言及も弱くなりますし。でも、本質だけを突き詰めたいなら、さっさと正解に向かいたいなら自分でやればいいし、それが出せる人とだけ仕事をすれば良いだけで、それができない人が悪いわけではないと思うんです。少なくとも、コミュニケーションを取ろうとしている時点で、その時点での目的は「その人と一緒にゴールを目指すこと」であるはずで、であれば、その人の持っている資質や状況を鑑みて、「その人と一緒にゴールを目指す最短距離」でなければ意味が無いと思うんです。じゃないと、一緒に歩くのつらくなっちゃう。一緒に船漕ぐの嫌になっちゃう。

 

ワンピースでビビも言ってたじゃないですか。

 

「一刻も早くナミさんの病気を治して そしてアラバスタへ!!!それがこの船の"最高速度"でしょう?!!」

 

病気もあれば失敗もある。

能力もある。

環境もあるし、好き嫌いもある。

 

僕だっていつでも本質を見抜けるわけじゃない。

いつでも本質を意識することが苦手な人だっている。

いつでも本質を意識するのが苦手な人だって仕事をする権利はあるし、そもそも仕事がすべてじゃない。だから、その人が悪いわけじゃない。本当に無理ならその人に任せなければいいだけ。ただのミスマッチです。ミスマッチじゃないなら、一緒にゴールまで行けるようにことを運ぶだけです。

 

本質をつく、正解を常に言って相手を否定するのは手段に過ぎないし、それは結果的に見れば最短距離ではないと思うのです。相手が、ちゃんと納得をして、前を向いて歩けるように、一緒に手をつないで、肩を組んで歩いて行けて初めて「最短距離」だと思うのです。

 

 

ということは、スキルで言えば「否定の仕方」ではないのかも

相手に納得してもらうということは、つまり、まず相手が何を考え、どのようなプロセスでそのような結論に至ったのかを聞かなければいけません。それは確かに「傾聴」かもしれません。でも、カウンセリングではないし、僕はやっぱり「共感」というのは違うと思うのです。だって、間違っていると思えば共感できないもの。でも、ちゃんと話を噛み砕いて聞けば、「なるほどね」と理解や納得はできると思うんです。

 

「いいね!」じゃないんです。

「なるほどね」なのです。

 

相手に納得してもらう、納得できるようにこちらの意見を言うということは、まずは相手の話を聞かなければいけないわけですが、聞き出せば良いってもんでもないし、「うん、うん」って仕草で見せれば良いってもんでもないと思います。それらはスキルに過ぎなくて、結局一番大事なのは、相手の話に対して「肯定から入る」ってことなんだと思います。決して、どんなに間違ってると思ったとしても否定から入らない。否定のそぶりすら見せない。

 

「まずは聞く」

じゃなくて

「まずは肯定から入る」

だと思います。

 

うっかり、思ってたのと違うと、違和感を感じてしまうと、僕も「え?これってさ~」とか「これ、要件と違わない?」とか言ってしまうんですが、それすら僕は見せるべきではないなと反省しています。その違和感を表情や仕草に出した瞬間に、相手は身構えてしまうと思うんです。否定されると思ってしまう

 

また、これも僕の悪い癖なんですが「それはなんで?」ってつい聞いちゃう。いや、これ自体は悪いことではないけど、僕の聞き方だとどうしても「それ間違いじゃないの?」っていうニュアンスにとれてしまう。だから、僕は慌てて「あ!いや、否定したいわけじゃないんだ。僕も明確な答えがあるわけじゃないから、どういう考え方でこうなったのかを単純に聞きたいだけなの」と付け加えます。ついね、聞いちゃうからw

 

僕らは、仕事のために生きてるわけじゃない。

幸せになる手段として仕事をしている。

仕事で成果を出すことすら、手段でしかない。

なるべくみんなが幸せになるように成果を目指すことが大事であり、それが「最短距離」なのだと思います。

僕らはコンピュータではなく人間だから。