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笑顔を創りたいWeb屋の日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。情報デザインやWebの勉強をしています。

「欲しいのはコミュニケーション能力(キリッ」って言った人が負けな感じ。

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新年あけましておめでとうございます。

大変おめでたいですねそうですね(謎)

本年もどうぞよろしくおにがいしましゅ<新年のあいさつを噛んで本当に言ったセリフ

 

「コミュニケーション能力」と十把一絡げに捉えることの弊害 - 脱社畜ブログ

そもそもコミュニケーション能力ってなによ - 24時間残念営業

【コミュニケーション能力=他人の行動確率を変化させて自分にとって適応的な状況をもたらす能力】

 

ほんとはぜんぜん違うことを書こうと思ってたけど、なんか「コミュニケーション能力」がわいのわいのなっているので、僕も書いてみます。なんでって、そんなのなんとなくですよ(謎)はてブホッテントリ常連の有名なブログを引用するとか無名ブロガーとしてはとっても恐れ多いんですけど、でも書いてみる。

 

上記3エントリーともに結論とされていることには異論はほとんどなくて、僕もそんなにズレてないつもりです。ただ途中のところにある「コミュニケーション能力とは~」みたいなところにちょっと違和感があり、自分でまとめてみようかなと思った次第。(ってことは「なんとなく」じゃねぇじゃんw)

 

とりあえず、コミュニケーション能力と呼ばれるものは「よく喋る人」とか「明るくてハキハキしている人」とか「積極的に他人と接する人」とかそういう捉え方をされているような気がするけど(「コミュニケーション能力w」っていう人たち的にね)、僕が思うにそれは=コミュニケーション能力が高い人ではなくて、「その一部になりうるスキルを持っている人」だと思ってます。というか、どんなにハキハキしていても毎朝毎晩毎日でかい声で喋る応援団長みたいな人だととってもうざいしw。それに、べつに明るくなくて社交的じゃない人でもコミュニケーション能力の高い人はいると思うし。



 

企業が求める「コミュニケーション能力」

僕は一瞬だけですが専門学校の教員という謎に包まれすぎている職業(言い過ぎ)にいたので、少なくとも普通のサラリーマンの人よりは就活というものに詳しいと思うんですが、確かに企業の担当者は「コミュニケーション能力が高い人」って言いますね。でも、上記3エントリーの皆々様がおっしゃるとおりそれだけじゃ何を求めているのかいまいちわからないのでつっこんで聞いてみるわけですが、要約すると概ねこういうことですね。

 

「相手(上司や先輩)が何を言っているのか理解できて、適切に返答ができる人」

 

「何を言っているのか~」と書きましたが、社内でのやり取りの場合「言う」ってことは「リアクション」を求めるわけで、それはまあ基本的にはお仕事の内容ですよね。つまり言い換えるとこういうことですよね。

 

「相手(上司や先輩)が何を求めているのか理解できて、適切に対応ができる人」

 

・「あいさつがちゃんとできる人」を求めるのは、あいさつしてくれた方がその人のことがわかりやすいから

・「ハキハキ喋る人」を求めるのは、ハキハキ喋ってくれたほうがわかりやすいから

・「論理的な思考が出来る人」を求めるのは、論理的に説明してくれたほうがわかりやすいから

 

っていうだけの話で、逆に言えばそれぞれができてるだけじゃ意味ないんですよね。前述のとおりハキハキしてたってあまりにでかい声で話しかけられても困るし、論理的に説明されたって論理にばかり目が言ってそもそも中身が無い講釈をこねくり回したいだけのエセインテリとかはもうマジ勘弁って話ですし。

 

まあだから、誤解を恐れずに言ってしまえば「空気を読める人」なんだと思います。

 

 

コミュニケーション能力とは?方程式にしてみた

「相手(上司や先輩)が何を求めているのか理解できて、適切に対応ができる」というのは、かなりかなりかなーりまとめられちゃってますが、これは大きく2つにわけられると思うんですよ。いや、そのまんまですが。

 

 1.何を求め(られ)ているのか理解できる

 2.求められていることに対して適切に対応ができる

 

という感じでしょうか。

論理的とかハキハキ喋るとかそんなことの前に、まず相手が何を求めているのかわからないと、どんなに知識が豊富でも適切に相手に返答できないですし、その逆にどれだけ聞く力があっても、相手に合わせて言葉や態度を表せる表現力がないとこれまた伝わらないわけですよ。もっと短い言葉で言えば1.インプット 2.アウトプットになるかなー。インプットとアウトプットってのも相関関係にあるものでなかなか区別が難しいんですが、僕は人に説明するときは仕入れた情報を適切に整理して自分の脳内にあるタンスにしまうのがインプットで、自分の脳内タンスからTPOや相手に合わせて適切に情報を引っ張りだして組み合わせるのがアウトプットとか、そんな表現をしています。「はいこれパジャマ」って渡されたとしても、それをよく観察して「いや、これジャージやん。しかも上下。しかもちょっとオシャレ」となれば上下それぞれを別々の引き出しにしまうこともできるわけですよ。んで、「おいちょっと春先に切れるカコイイ、ラフな羽織れるものないかい」っていわれたときに「このジャージいけてるっしょ」って出すわけですね。なんだこの例え。

で、これにもう一つ要素をくっつけて方程式みたいなものにしてみました。あくまで僕が思う、ですが。

 

インプット能力 × アウトプット能力 × 機会創出能力

 =コミュニケーション能力

 

■インプット能力(≠量)

仕入れた情報を適切に分解分析して脳内タンスに整理してしまう能力。前述のとおり、どんなにしゃべくるのが上手い人だって、知識や経験などは外から取り入れない限りは存在しないわけですよね。ボキャブラリーとしてもそうだし、話の引き出しという意味でもそうですしおすし。基本的にインプットがなければアウトプットは続けられないわけですよ。同じ内容を繰り返し言ってる人でもなければ。

ただ、ここで定義しているのは「インプットをいっぱいする」という量の問題ではなく「質」の方です。同じモノを見ても受け取り方が違うのが人間ですが、もっと言えばそこからたくさんの情報を適切に受け取る人もいれば、なーんにも感じないままスルーしてしまう人もいるわけで。一つのことからどれくらいの情報を、どれくらい適切に、本質を捉えて整理し、噛み砕いてインプットできるかということです。だから、これって頭が良い悪いだけじゃなくてそれまでにどういうことを経験しているか、どういう知識を持っているかでも変わってきますよね。また、人間も対象になりますよね(どんな人なんだろう、何を考えているんだろうとか)。

 

■アウトプット能力(≠量)

脳内タンスから要件に合わせて、必要にあわせて適切に情報を取り出して組み合わせる能力。平たく言えば表現力?よく喋るから表現力があるわけでも、説明がうまいわけでもなくて、インプットの時点で仕入れた「相手はどんな人で何を求めているのか」に合わせて「説明する材料は何があるか」「どういう言葉や態度が適切か」を選び、組み合わせて表現する必要があるのだと思います。だから、インプットと同様に知識は必要ですし、かといって知識が豊富な人が説明がうまい、わかりやすい、意思疎通が図りやすいかというとそれはまた別で、表現力に乏しい人は知識をひけらかすだけで何を言いたいのかわからなかったりしますね・・・。

 

■機会創出能力

ナニソレ意味不明すぎてワロスwww って自分で思ってます。

「行動力」でもいいんですけど、なんとなくこっちの方がしっくりくるような気がして。

どんなにインプット能力、アウトプット能力が高くても、そもそも人と接しようとしなかったらコミュニケーションもへったくれもないわけですよね。意思疎通としてはゼロですから。ずーっと家に引きこもったり、会社にいても一切のコミュニケーションを断っているような人は意思疎通がまったくできないので、これじゃあ意味が無い。かといって、前述のとおりあけっぴろげに人見知りを全くせず、暑苦しいほどにオープンに接する人=コミュニケーション能力が高いというのはやっぱり違うと僕は思っていて、それは一歩間違えればただのウザイ人になるわけですし。だから、要素の一つであり、掛け算の項目の一つだと思うんですね。逆に言うと、人見知りの人でもコミュニケーション能力が高い人はいると思うのですよ。というかもっと言うと、とくにインプット能力が高い人は、高いがゆえに人見知りになっているんじゃないかと思います。普通の人より、他人の言葉や態度からたくさんの情報を受け取ってしまうがゆえに、気を使いすぎたり考えすぎたりしてしまい、人と接するのが疲れてしまい、できる限り避けるようになる、とか。

 

 

 

インプットとアウトプットのサイクルを回す機会をいかに増やすかがコミュニケーション能力に影響してくると思うのですが、だからといってその回数さえ増やせば良いわけでもないと思うんですよ。インプットの回数だけ増やしても意味ないし、知識ばかり蓄えてもやっぱり意味がなくて。当然、インプットだけでもだめだし、アウトプットだけでも駄目だし、人と接するのを完全に避けてしまっても駄目だし。「本やセミナーばかり行って勉強した気になってる」っていう人はインプットの機会創出過多になってるんでしょうし、インプットをせずにアウトプットばかりしている人も同様かなと。そして、いっぱいインプットしたから良い文章やブログが書けるわけでもなくて、インプットの質が問われますし、アウトプットの質も問われますし、それぞれにテクニックもあるでしょうし。

 

 

 

長々分析してみたけど、冷静になって考えてみる

インプットの質を高めて、アウトプットの質を高める。そのサイクルを回すっていうことなんですけど、いやいや、よく考えてみりゃあですね、それって結局・・・って話じゃねえのかと思うわけですよ

ものすごく普遍的な話であり、例えガッツリPCに向かってシステムを構築するエンジニアさんだっとしても、あっちの誰かから仕事を受けてその人に返すか、こっちの人に渡すかになるわけじゃないですか。そこには要望もあれば条件も制約もあるわけで、当然最適な対応というものがあり、それを求められるわけじゃないですか。もちろんのもちろん、接客業は言わずもがなですよね。挨拶にしたって適切なタイミングに、適度な声量で、適度な態度と言葉でして欲しいんですよ。でも本気で挨拶をでかい声でできりゃあ良いと言ってるわけではなくて、それはもう空気読んでね、そうやって読める人がいいよねと言ってるだけなわけですね。

原点に戻りましょうか。

 

 

何を求め(られ)ているのか理解できて、

 

求められていることに対して適切に表現ができて、

 

それを繰り返して蓄積していけて、

 

 

 

 

 

 

 

 

えーともう一回。

 

 

 

 

 

 

 

 

何を求め(られ)ているのか理解できて・・・、

 

求められていることに対して適切に表現ができて・・・、

 

それを繰り返して蓄積していけて・・・、

 

 

 

 

 

おいそれ仕事そのものじゃねぇか( ゚д゚)

 

 

 

 

いや、厳密には仕事だけじゃなくて人と接すること、社会で生きることそのものに近いんじゃないかと僕は思います。それこそ友人の相談にのるのだって同じだろうし。もちろんアルバイトだってきっと同じですよね。絶対的な能力値があるとして、たしかにそれは社会人のほうが、大学生より30代のほうが能力値が高い(可能性が高い)ことはあるとは思いますが、決して大学生や就活生にまったくない能力ではないと思うんですよね(そりゃまあ今まで生きてきた蓄積が少なからずあるわけだから)。ただ、残念なことに「コミュニケーション能力」というものが数値化されているわけではないですし、「どこまで何ができていれば良い」というラインがあるわけでもない。というか、それらが全くない状態の「コミュニケーション能力」って、これまで説明してきた通り普遍的過ぎて何を言いたいのかその時点ではわからないんですよね。

「社会人になったことのない大学生にそんな高尚なもん求めるの?」って脱社畜ブログさんやコンビニ店長さんは言ってるわけですが、高尚なんじゃなくてそもそもそのレベルすら求める側が定義してないんですよねw

 

 

「コミュニケーション能力が高い人が欲しい」って言ってる時点でほとんど何も言ってないのと同じでは?と思うわけです。

 

「コミュニケーション能力が高い人が欲しい」って言ってる時点で「仕事できる(素養がある)人が欲しい」って言ってるのと同じでは?と思うわけです。

(そりゃそうだよなぁw)

 

 

サッカーで言えば

「ボールを受けて、蹴れる人が欲しい」って言ってるのと同じです。

それ、サッカーのほぼ全てにおいて必要な話ですよ(´・ω・`)オイオイってサッカーファンはきっと思うw

ともすれば

 

「トラップ(ボールを止める)は次の自分のプレーへの準備。だから自分へのパス」by人間力山本昌邦さん

 

なんて人もいるわけで、もうなんでもかんでも入ってきてしまうわけですよ。ボールを受けるには身体の向きもあれば、早くボールに追いつく敏捷性もあるだろうし、もちろんボールコントロール(テクニック)の要素もあるし。お仕事に置き換えれば「ドキュメントとのコミュニケーション(キリッ」てな具合ですよ、うん。

 

 

 

「コミュニケーション能力が高い人が欲しい」って言ってる時点で負け

「あいつはコミュニケーション能力が低いから仕事ができない」なんて、もうそれは「あいつは仕事ができる能力が低いから仕事ができない」と言ってるのとさほど変わらないと思うんですよ。それを、自社の、自分達の仕事に合わせて分解し、ものさしを持ち、それに照らしあわせてこそだと思います。

 

ええ、ええ。

 

話し言葉で、ざっくばらんな何かの会話で「あの人コミュニケーション能力高いよねー」っていうのはまあ良いとして(あの人サッカーうまいよねー、あの人仕事できるよねーって言ってるだけだから)。大真面目な求人、採用の場で「コミュニケーション能力が高い人が欲しい」なんて、そもそも求人出すほうが「私達の会社はコミュニケーション能力がありません」って言ってるようなもんじゃないの?と思います(だから件のエントリには概ね同意なのです)。

 

コミュニケーション能力って(僕が分解した方程式が正しいとするなら)確かにとても大事な能力だし、高い人が欲しいのもわかるんですけど、それだけじゃあ何も言ってないのと同じで大学生や就活生に求めるなら、だからこそ「我々にとって"コミュニケーション能力が高い"とはなんぞや」を定義しないと何の意味もないと思います。「業界に関連するブログを書いている」でも「情報を常にRSSで集めている」でも、なんでもいいんですが。

 

 

 

難しい作業であることは間違いないんですが、ただそこにチャレンジしないとフィルタリングとしても機能しないし、そもそも大学生や就活生に「コミュニケーション能力」を求めているくせに、言ってる側がコミュニケーションを放棄してちゃ話にならんと思います。