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笑顔を創りたいWeb屋の日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。情報デザインやWebの勉強をしています。

10年ほど前、宮崎県都城市に住んでいました。

日々雑感

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今日はまたWebとはなんら関係ない話ですみませんw

 

そうそう、僕、21~23になるちょっと前ぐらいまで宮崎県の都城市に住んでいたんですよ。

いま火山噴火で大変なことになっているあの都城市です。ほんと、心配です・・・。

 

もともと僕は生まれも育ちも神奈川で、5歳から成人して学校を卒業するまでは湘南で育ちました(今も湘南に住んでます)。サーフィンはやってません。湘南育ちっていうとほぼ100%に近い確率で聞かれるのでw まさかまさかー。っていうか湘南育ちだからってサーファーはそんなに多くないと思いますよ。まあ、他の土地よりは多いのでしょうけど、とりあえず僕の友人知人には一人もいないなぁ。僕が学生時代に打ち込んだのはきれいなお姉さんとサッカーだけですね。



そんな生粋のたまたま湘南で育っただけボーイの僕がなんで宮崎に行ったのかというと、新卒で入った会社がその宮崎県都城市に事業所を持っていてそこで勤務することになったからです。家電とか車とか携帯とかその他もろもろのマニュアルや取説をつくってる会社なんですけどね。一応制作系の人間として入社したので将来コンテンツ制作に行くとして、その時間稼ぎ研修的な意味もあって、DTPオペレーターとして都城勤務になったのです(その会社は都城の事業所がDTPオペレーターのメッカなのですよ)。あ、ちなみに「みやこのじょう」と読みます。知ってるか・・・。

 

 

いやー・・・・・。

大変だったw マジでw。

学生時代は神奈川県ってば首都圏万歳、関東の押しも押されぬ№2の県ですから、地方から大学や専門学校に通うために上京してくる学生と違ってばっちり実家から通ってましたので、一人暮らしの経験なぞないわけですねぇ。だから宮崎で初めて一人暮らしをはじめるわけですね。いきなりw

 

生まれて初めての一人暮らしを、生まれてこの方一度も行った事のない、育ったところとは日本の半分ぐらい離れたところで、社会人1年生を迎えるわけですねぇ。つらかったーw 今考えればそらそんな若造がいきなりそんなことすれば大変に決まってるんですけどね(社員寮でもなくて、普通にアパートに一人暮らしだし)。でもなんか、僕はそういうところ頑固というか、「なにをー!これを乗り越えれば俺はもっと成長できるはずじゃー!」っていう無駄にべジータな学生だったので、もうとりあえずつっこめ、アグレッシブに勝負しろ、逃げんな的な、それだけで宮崎行きを決めて行ってしまったわけですねぇ。

 

でも、歳を重ねるごとに「行って良かったなぁ」と思います。

 

いや、つらかったですよ。

だってー、本社は品川とか横浜にあるんですけど、宮崎事業所はその都城の事業所だけで、そこはほとんど現地採用なんですよね。あのーーーーーーー、大阪京都福岡などの都会を除いた地方出身の方はわかると思いますが、田舎ってものすごい村意識強いじゃないですか。なんていうか、よく言えば仲間意識、悪く言えばよそ者を拒絶し排除する。鎖国って言ってしまえばそれが一番近いかも、ですが。しかも、それが「横浜からきた都会モン(湘南とか藤沢って行っても通じないです。神奈川=横浜なのです)」だともうね、だめですよ。しかも、同じ世代の同期、先輩は皆高卒で入社してるので歳が近い=若い。おもいやりは、無いw。嫌なものは嫌。拒むものは拒む。露骨ですよねほんと。若者って!(謎)

 

「なんよあいつ、チャラチャラしよって。標準語やし」

みたいな、はっきりと口には出しませんがそういうオーラです。

でまた、僕が運が悪かったのが、その年に首都圏から宮崎に来てたのが僕だけだったんですね。例年だと2~3人はいるんですよ。二人以上いれば、まずは首都圏同期組でつるんで少しずつ仲良くなればいいでしょ?でも、そうはいかない。僕、一人ですからw 割と誰でもしゃべれるので、まさか外国じゃあるまいしコミュニケーションは大丈夫だろうと思っていたんですが、甘かった甘かったw まずは仕事を覚えなきゃいけないから気軽に話しかけられない。新卒でいきなり雑談ばかりするわけにもいかないでしょう・・・。その上、ハブられてるんだからw すぐに飲み会でもあれば良かったんですが、確か新入社員歓迎会も2ヶ月ぐらい経ってからだったんですよねー。おいもうちょっと早く歓迎してくれ(笑)だっからもう、八方塞り。どうすればいいのかしら?って徹子の部屋で徹子ばりにゲストに質問したいぐらい。

 

ハブられてて友達もいねーし、自炊とか初めてだし、車で出かけようにも地理がわかんねーし、繁華街をちょっと出たらドラゴンボールでもあるんじゃねーかっていう大自然だし、大自然を進みすぎると時折道がなくなるしw、わかんねーどうすんべよこれみたいな。学生だったら良かったんでしょうね。雑談しにいくようなもんだし(違うか)。やっぱり21歳の若造が一人暮らしと新社会人を生まれて行ったことも無い遠い地でやるもんじゃないなって思いました(笑)。

 

でも、まあ、結局やることって仕事しかないんですよね。

 

仕事してれば自ずと話すことは出てくるし、まず上司とは話すわけですし。

仕事の話しかしてなくても、それはそれで人間性は出ますからね。

まあ・・・キャラをわかりやすく打ち出すとかってのもやった方がいいとは思いますが、でも基本はともかく仕事を一生懸命やるだけ。

 

で、それで認められてくると、そのうち仲良くなりますね。

一緒に飲みに行けば、話すようにもなるし。

そうするともうぜんぜん大丈夫でした。

新参者を拒むんですけど、一度受け入れるともはや家族みたいに扱いだすんですよねwww

それはそれでどうなんだと思いますけどwww

「仕事とプライベートの境い目は・・・・・・・・ない!」

って言い放ってましたからねwww

 

ほんと、友達みたいでした。

ああ、そのとき同期だった同じ年の人は、いま上京して東京で働いていて、いまや親友の一人として数えられるぐらい今でも付き合いがあります。超アウェイで若造にはすんげー辛かったですけど、ずっと首都圏にいたら気づけなかったことがたくさんあって、ほんと、行って良かったなぁと思います。

 

 

とりあえず神奈川県藤沢市って結構都会なんだなって思ったしw

 

 

湘南で育った人って、外を知らないと藤沢市や茅ヶ崎市を田舎だと思ってるんですよ。それは、比較対象が横浜や渋谷とか新宿と比べてるからなんですけど、実は藤沢や茅ヶ崎だって全国偏差値的に言えばけっこうな都会なんですよね。うーん、たとえば、宮崎に住みだした頃はどうやって銀行からお金をおろせばいいかわかりませんでしたw 当時はまだ首都圏でコンビニにATMが入った頃で、宮崎にはまったく存在しなかったんですよ。「東京とか神奈川ではコンビニでお金おろせるってほんとけ?」って聞かれたしw。そうすると銀行しかないわけですが、銀行はなんとなんと17時でATMすら閉まるんですよ(今は知らないですけど)。えーと・・・社会人一人暮らしはどこでお金をおろせば・・・。昼休み?と思ったら、教えてくれました。

 

「ダイエーでおろせ!」

 

なるほど!と思いましたw

ダイエーなら、21時までやってて、ATMもその時間までやってます。

なるほどすぎてびびったw

 

そういう細かいことはたくさんあって、例えばサイゼリヤもバーミヤンもないとか、牛丼屋はかろうじて吉野家が一軒あるだけとか(いまはすき家もあるのかな?)、ジョイフルがやたらいっぱいあるとか、ミニストップなんかあるわけねーしとか、おでんのちくわぶとはんぺんがないとか、まあ、いろいろですね。あれですね、ランドマークタワーとかみなとみらいとか無くてもまったく困らないけど、サイゼリヤとかバーミヤンは無性に行きたくなりますね(笑)

 

ああ、自分の住んでいた環境ってぜんぜん当たり前じゃないんだなーって思うことの連続だったり、そういうものが無いからこそ発展するものがあったり、独自の文化があるよなーと。会社なんか、もう皆地元民だから、全員4つぐらいの高校からそれぞれ来てるんですよね。だから同じ高校のまとまりとか、同じ中学のグループがあるんですよねw 同窓会のレイヤーがたくさん重なるというか。衝撃ですよ僕には。だって、首都圏の会社だと同じ高校なんてめったに会わないじゃないですか。それが、ほとんど同じ高校で占められるという・・・。皆ご近所さんなので、両隣に住んでるのが上司と部下とかw すげぇなそれw パワハラとご近所迷惑が同一人物から起きたりするのだろうwww

 

友達みたいな同僚にお兄ちゃんみたいな先輩に、お父さんみたいな上司と家族みたいなところで、だから忘年会、夏の大宴会とか会社の行事がやたら多いw で、ものすごい割合で皆参加して、用事がぶつかって参加できないと皆悔しそうw 首都圏の会社では考えられないw 別にあれが最高だとは思わないですけど、あれはあれで本当に良かったなと思います。労働環境的にもきつかったんですけどね。毎日12時間労働で、隔週で夜勤があるというw スペースキー押したまま眠ってDTPデータにとんでもない量の余白が入ったりとかwww なつかしいwww

 

辛い夜勤の経験も、友達や学校の先輩みたいな上司と乗り越えて楽しかったし、車通勤なんてもう二度とできないだろうこともやってましたし。電車通勤とか、なんでこうストレスがたまるのかなって考えると、あのホームとか改札なんですよね。皆余裕が無い。車通勤だと自分の部屋から移動する部屋wに乗って、そのまま会社のドアじゃないですか。ああ、だからのどかな心のままで出社できるんだーとわかったり。経験ですねぇ。「あの汚ねータクシーなに?」「あれはタクシーじゃなかよ。代行よ」っていう会話をしたりwww(神奈川にいたときはそんなもの見たことなかったです) そんなのの連続w 当時はそれが”楽しい”だなんてまるで思ってなくて(学生がそうであるように)それが当たり前だと思ってたんですけど、今考えると凄く楽しかったですよね。眠かったけどw 

 

・自分の生まれ育ったことが当たり前じゃないこと。

・そうじゃないぜんぜん違う場所があること

・そこで自分を適応させること

・そこがなぜそうなり、自分の生まれ育ったところはなぜそうなっているのか考えること

・何が良くて、何が悪いところなのか知ること

 

 

などなど、若造にはとっても勉強になりました。

宮崎の人がどれだけ都会に憧れると同時に、誤解していたり、恐れていたりするのかとかも、聞くまではまるで知りませんでした。「俺、東京出張行ったら町で(通り魔に)刺されたりせんやろか・・・」って本気で怖がってる人いましたからねw 「刺されない刺されないw それより交通事故の心配した方がいいよw」って言っておきましたがw 

 

田舎の人がやさしくて都会の人が冷たいってのもちょっと違うのもわかったし(単にたくさんの価値観が集まる都会は「干渉しない」っていうやさしさを持っているだけ)、田舎の人の方がキャラが濃い・・・なんてよく言われる話も、都会の人はいろんな人と折衝するために抑えているだけで実はじっくり話すと皆アクが強かったりするとか、ほんといろいろ。

 

 

単純に辛いという意味では、その後に入った会社で毎日怒鳴られたり、もう通勤の電車に乗るのも嫌だったり、うつ病一歩手前みたいな症状が出たりしたこともあるけど(そんな大げさなモンではないですが)、でもそういうのを乗り越えてこれたのも、一番初めに宮崎で0から人間関係をつくって生きてきた経験があるからなんですよね。僕は転職も多い方ですが、やっぱ知ってる会社の幅が広いと対応も変わるんですよね。そういう時、首都圏にはまず見たことが無い宮崎県都城市の会社で過ごした経験があると「まあ、そういうこともあるよね」っていう対応するための理解力の幅が広くなってると思います。首都圏の会社からすると新卒で入ったその会社の宮崎の事業所は、おそらくかなり遠いあっちの方に存在する文化圏の会社ですからねwww

あそうそう。転職しても、昔ほど人間関係をつくることを気にしなくなったし。とりあえず仕事してりゃそのうち仲良くなるよってw

 

 

なんか、何が言いたいのかよくわからないブログですねw

都城が今大変みたいなので、なんか思い出してしまって、書いてみよかなとおもって書いてみました。

 

都城市は第二の故郷です。

また遊びに行きたいなと思ってます。

火山やら鳥インフルエンザやら、ほんと大変そうで胸が痛みます。

 

ともかく、また地鶏のおいしい、元気な宮崎県、都城市に戻ってくれることを切に願います。

頑張って欲しいです。