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笑顔を創りたいWeb屋の日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。情報デザインやWebの勉強をしています。

デザイン教育について思うこと。

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なんかこう・・・デザインに対する教育っていうのが曲がっているというか土台が無いような気がするんですよね。まあ、一応僕も一瞬ですが教育の経験はありますので・・・。

いや、教育の現在を語れるほどの力も経験も僕にはないですし、ここで大々的に日本のデザイン教育について語るつもりは毛頭ありません。全部を見てきたわけでもないし、今は教員じゃないし。

 

でも、専門学校の教員をやって学生を送り出す側にいて、現場での経験もある(そっちの方が遥かに長いですけど)身としては、少なくとも専門学校のことはその辺のWeb屋よりわかっているし、現場に入ればこそ、欲しい人材像というのもあります。ていうか当人ですからw こういう人欲しいなって思う側のね。両者の立場を経験したのは紛れもない事実ですから、その見地から語れることもあるのかなと。(なので、タイトルは「デザイン教育の現在」とか「~問題」とか言わないで「~思うこと」にしてあります。あくまで、僕個人がちょっと思うことでございます。そこ大変重要でございますw)



何のためにそれを創るの?何がしたいの?。」でも書いたんですが、最近の学生と話しているとどうも技術偏重というかビジュアル重視というか、うーん、Webとかグラフィックを創ることが目的になってしまっているというか・・・。それは何も学生と接した時だけに思うわけじゃなくて、超シャレオツ(謎)なサイトをユーザ目線で創ることに非常に長けた某アルファベット会社(何処)の経営者さん(誰)ともメールで話していたのですが、やはり最後はWebが好きかどうか、グラフィックが好きかどうかになると思うのですが、どうにもそこが弱い学生ばかりが増えているような気がします。

 

何を創っているのか、何のために創るのかを追求しない学生が多いというのは上記のエントリなわけですが、それって結局、学生なんてものは半分は先生の鏡であって(全部ではないと思います)、要するに教える側がそれをちゃんと教えてるの?って思うんです。いや、これは、僕自身が教育者だった時でも自問自答を繰り返し、本当にこれでいいのかと悩む毎日だったわけで自分だって完璧にはできてないわけですが、それにしても、どもかく「コイツはどうやらWebが大好きらしい」とは学生に間違いなく思われていて、そしてその熱意を少しでも伝えられたのでは・・・とは思っています。

 

何が言いたいかというと、最近学生と触れ合ったり経営者の方と話したり、新卒を受け取る制作会社の人と話たり、はたまた学生のブログ、学校のブログを読んでいて、やっぱりどうしても今だとtwitterだのSNSだのというものに飛びついて(それはそれで大変素晴らしいことですが)、どっかの代理店さんみたいに「twitterはやってます」「やらないと乗り遅れます」的な、手段が目的化している気がしてならないのです。もっとはっきり言っちゃうと自分達が何を創っているのかわかってない、教えてないような気がするんです。

 

 

■とある制作物の話

教員時代、ある時学生が放課後に食堂でなにやら作業をしていて、「なにしてるの?」と聞くと自分紹介の冊子を創っていると。で、質問をされたわけです。

 

「先生、ここの部分のこの丸のとこ。もっと大きい方がいいかな?もっと小さいほうがいいかな?」

 

僕はそもそも印刷屋あがりですがグラフィックデザインは専門ではないので、そこを聞かれても困るなぁとは思ったのですが、ただ、兎にも角にもデザインをやる人間がその質問はないだろうと思ったわけです。

 

「あのさ、そんなこと聞かれてもわからないよ。だってその丸に入ってる見出しのようなテキストを見たところで、君はそれを誰に見せたいの?どこに目を注目して欲しくて、どこから読んでほしいの?もっと言うとさ、誰がどういう状態で読んで、何を感じて欲しいの?それが無いと答えはでないよ。だって、読む人のためにデザインするんでしょ。右も左も大きいも小さいもないよ。それは手段に過ぎないからね。目的は何?ってことだけどさ。」

 

というと、ポカーンとして「そんなこと初めて言われた」と言うのですよ。

今度は僕がポカーンとしてw どういうこと?って聞くと

 

「他の先生はもう少し大きい方がいいとか色をこうした方が目立つとか、左にした方がいいってことしか言わなかった」

「先生によって言う事が違うから困ってた」

 

というわけですよ。

ゲーム、CG、グラフィック、Webとそれぞれ文化がありますし、やはりグラフィックは絵画的センスというものも強烈に問われるわけですから、僕が全て正しいだなんてことは言うつもりはないのですが、けれどもやっぱりこれは問題じゃないかなぁと思うんです。別の話では、プレゼン中に学生に向かって「作り方はいいから、さっさとモノを見せろよ」という方もいたそうです。

 

 

■先生って一流なんですか?

僕は、たとえば学生よりはWebサイトを見て判断する目はあると思います。でも、自分の目利きが業界において格段に優れているとは思っていません。やっぱり、それは、少なくとも教員でいる間は現場を離れているわけですし、ユーザテストをガンガン繰り返したり、いくつもコンテンツを創っている人の方が優れていると思います。当然のように日々学校に籍をおく正規職員なわけですから、それは致し方のないことですし、作品の本当の意味での目利きは外部講師の方にお願いするのが筋だと思っています。

 

じゃあ、何のためにいるんだよって話ですが、だからこそ熱意とかプロセス、魂みたいなもんを叩き込まなきゃいけないと思うんですよ。要するに作り方こそ大事じゃんって話です。僕が業界の超一流の人で、なおかつその学生が社会人になってもずっと師弟関係でいられればいいですが、そうではないですから。大事なことは今現在のトレンドとか作品の善し悪しを伝えることではなく、今後制作会社やWeb担として生き抜いていくだけのスキル、メンタル、哲学を持ってもらうことのはずなんです。先生は一流のクリエイターではないですし、そうである必要もないと思います。高校サッカーの監督が一流の戦術家である必要はなく、それ以前に教育者でなければならないのと同じように。

 

 

■「何を創っているの?」こそ大事じゃないですかね?

インターンシップをやっている学校の展示とか行くと、大体7割8割は書いてあるんですよね。

「クライアントの要望を捉えて応えるのに苦労しました」

「これを活かしてもっと的確に要望を捉えられるようになりたいです」

こういうの読むと吐き気がします・・・。

 

クライアントの要望が一番大事なの?

今からそんな御用聞きなの?

それ、楽しい?

相手が言うもんを創るだけで、絵にするだけで楽しいのかな・・・。

 

学校機関となると役所とか公的機関とのインターンシップって多いんですが、例えば高校のサイトとか卸売市場だとかその手の依頼は割ときやすいです。で、他校を見ていたりすると高校の先生たちのヒアリングや校長先生の話を聞いてそこからペルソナ創ってサイト創ったりしてるんですよね。デザイン考えてー、提案してー、修正もらってーみたいな。そういう経験が無駄だとは言いませんが、それ以前に土台となるスタンスをきちんと叩き込んでからじゃないと無駄になる気がするんです。

 

君たちはいったい何のために高校のサイトや市場のサイトをつくるわけ?

 

高校の受験者が増えたり、市場の活動を知ってもらう事が大事じゃないですか。

いや、頭では学生も先生もわかっていて「受験者増やすぞー」みたいなことを言うのですが、その実、それちゃんと本当に心から思ってる?という疑いが拭えないんですよね。だって、受験者数増やそうと思ったら、じゃあそれどうするの?どうやるの?って「Webサイト創ります(キリッ」じゃないだろうと。Webサイトは手段に過ぎないでしょ。別にパンフレットだって、どっかで募金活動に参加して高校の名前知ってもらってもいいし。

 

その高校ってどんな高校なの?っていうことが一番大事じゃないの?

 

僕がクライアントに言う「とりあえずインターネットのことは忘れてください」というセリフですが、これは実は学生にも言ってました。いいんですよ初めはインターネットなんてどうでも。手段、メディアに過ぎないのだから。そんなもんはやりたいことが決まってから設計すればいい。そんなことより先に、この高校はどこが優れているんだろう?何が良いんだろう?生徒はどんな顔してる?何を楽しそうにしてる?部活がいい?勉強ができる?先生が面白い?友達がいっぱいできる?この高校の生徒になると、どんな楽しいことがある?っていうことをいの一番にまず知ることが大事じゃないでしょうか。

 

僕らWeb屋が創ってるのはクリックしたら動くハリボテでも、イメージを植えつける写真を表示することでもなくて、そのWebサイトの向こうにいる人と、ディスプレイの前にいる人を繋げることじゃないですか。

 

もしかしたら、自分が作ったサイトで中学生が興味を持ってくれて受験するかもしれない。

もしかしたら、行きたい高校が見つかるかもしれない。

もしかしたら、人生でたった一度しか無い高校生活を送る決め手になるかもしれない。

もしかしたら、彼はそこで一生の恩師に会うかもしれない。

もしかしたら、彼はそこで、一生の友達に出会うかもしれない。

 

その、人生の一大イベントの手助けができるんですよ。

もしかしたら、自分が創ったサイトで相手の人生が変わるかもしれないんですよ。

それ、すっごい事じゃないですか。

本当に本当に良い高校生活を送ってもらえるにはじゃあどうしたらいいだろう?

自分は、このWebサイトで何を伝えるべきなんだろう?

そういうことを0からああでもないこうでもないって考えることこそがクリエイターじゃないでしょうか。

 

これは別に高校とか大学のサイトに限ったことじゃないんですよ(当然ね)。

卸売市場では、実はいろんな活動をしているんですけどどっこにも告知してなくて全然知られてない。野菜の選び方とか、お魚の美味しい食べ方のレクチャーもできるし、実はその料理教室までやってるんです。もし、それを知らせることができれば、子供を抱えるお母さんにそれを知らせることができれば、子どもがとっつきにくいお魚を食べてくれるようになるかもしれないし、そうすれば身体にもいい。お魚が売れれば街のお魚屋さんだって喜ぶ。物凄いことじゃないですかこれは。自分が一生懸命考えて創ったものが、誰かの笑顔に繋がるかもしれないんですよ。その喜びはもう、料理でもプレゼントでも一緒ですよね。

 

だから、僕はお菓子のサイトをやることになれば「自分のお金で買ってこい」といいますし、飲食店のサイトをやることになれば「よしじゃあ皆で行ってみよう」と言います。料理教室も本当に行かせました。行って、見てこいって。どんな人が教えていて、どんな人が習いに来てて、子供はいるのか、どんな顔してるのか、お母さんたちはどんな気持ちなのか、自分たちで見てこいって行かせたこともあります。

 

所詮学生です。

意識も低ければクオリティも低い。

成果が出ることなんてまれです。

でも、成果に追われるのは社会に出てからでもいいと思っています。

そうじゃなくて、「君たちが創ってるのは単なるグラフィックでもHTMLでもない。クライアントとディスプレイにの向こうにいるその人を繋げる、大切な大切な場所を創ってるんだ」ってことがわかる、理解してもらうことが一番大事だと思うんです。逆に言えば、それさえあれば、それさえしっかりしていればどこに行ったって頑張っていけると思うんですよね。

 

 

■例えば大学のサイト

・・・って絵空事ばかり言ってもあれなので(何)。

立場的に、以前大学のWebサイトを見て回ったことがります。

結構なサイト見た気がします。100ぐらいかなぁ。

 

いやー、ごめんなさい。はっきり言います。

どこもつまんない・・・・。

大学サイトランキングとかありますが、あれもどうかなぁと実は思っています。

いや、あれはあれで素晴らしい活動だと思いますし、参考にさせていただいています。

しかし、あれが全てでは絶対にないし、むしろもっと大事なことってあると思うんですよ。

 

ランキングの上の方のサイトを見ても、確かにUIとしては良いと思いますし、必要な情報はきちんと載っているとは思うのですが、でも一方ではどうも入試の情報とかオープンキャンパスばっかりな気がします。入試の情報が載ってないなんてのは問題外ですが、入試ってのは大学の根幹ではなくて入り口に過ぎないはずで、「入り口こっちですよー!」と連呼しているだけにみえてしまうんですよね・・・。

 

で、ですね。

そんな中でも、僕が大好きな大学のサイトがありまして。

 

東北芸術工科大学です。

(実はリニューアル前の方が好きだったんですけどねw)

 

ほんっっっっとに素晴らしい。

うっかり僕が入学したくなりますwww

写真が多いとかUIがちょっと独創的とかそういう小手先の部分も良いことは良いのですが、それより何よりコンテンツの量と質が素晴らしい。サークルから学食から学部の先生から何から何まで、「この大学に入ったらどんな生活ができるんだろう?」っていうことがたっくさん載ってます。そして、皆楽しそう。

 

ユーザビリティ的には突然違うカテゴリに飛んでUIががらっと変わったりして時折「ぬぉっ!(汗)」となることもあるのですが、それを補って余りある魅力的なコンテンツがたくさんあると思います。多少の使いづらさなんか、面白ければ乗り越えちゃうよね。他の大学サイトと比べるとぜんぜん違うなあと思います。他の大学のサイトってどこもデデーンと荘厳な感じの何か(何)が出てきて「我々が○○大学である」みたいな感じがするんですけども、東北芸術工科大学はそのフレンドリーなコンテンツとそれを表現するビジュアルのおかげでそれを感じさせないんですよね。

 

うん。一言でいうとですね。

自分達がもの凄く大学を愛している感じがするんですよ。

「ウチの大学すっごい楽しいからおいでよ!」っていうメッセージをそこかしこに感じるんです。

(僕だけかもしれないけど)

 

学校のサイトを創る、受験生に向けて創るって本当はこういうことだと思うんです。

(どこが創ったんですかね~雰囲気的には某電源さん(何処)っぽいなぁと思ってるんですが、東北ですからねぇ・・・。知っている人いたら教えてくださいw 見学に行きたいですw)

ユーザビリティもアクセシビリティも大事だし、きちんと公的機関として重要なことを掲載することもマストですが、何よりも伝えなければいけないのは「この学校に入ったら楽しいよ!」っていうことだと思うんですよね。

 

 

■モノづくりである以上みんな一緒では?

僕はWeb屋なのでWebの話に終始しましたが、これはゲームだってポスターだってリーフレットだって同じだと思うんですよね。最終のアウトプットは違ったとしても、何かしらのメッセージ、コミュニケーションがあり、相手の問題解決であることにかわりはないと思います。一つのポスターがあるおかげでお店を知ることができたり、イベントを知ることができたり、はたまた注意喚起を受けたおかげで危険な目に合わなくて済むこともあるかもしれない。

 

まず、一番初めにこれを教えなきゃいけないと思うんですよ。

特にこの業界は労働環境がきついですし、しばらくはきついままだと思います。

その中で、そこでも耐えていけるための土台となる魂というか、そういうものこそを一番初めに叩き込まないと、クライアントとのやり取りに疲弊させている場合ではないと思うんです。疲弊するにしても、その時、拠り所になるパワーの源となるものが無いと、どう頑張ったっていずれ学生の目から輝きは失われていくと思います。

 

これは、僕も完璧にできたかどうかはわかりません。

今でもあれは失敗だったな、ちょっとうるさかったかな、突っ走りすぎたかなと思うことはたくさんありますし、全員が全員Webに魅力を感じて卒業したわけでもないです。けれども、失敗することはあったとしても、ともかく右も左もわからない人間としても未成熟な学生を相手にするのであれば、どんなことがあろうと、どんなに辛い事態になろうと「コイツはWebバカだ」って思われるぐらいの熱意を持って、それを学生に注ぎこむぐらいの意識がないとダメだと思ってやっていました。おかげさまで、全員Web業界に就職してくれましたし、数人は大手Web系企業に進みました(別に大手だろうが本人が納得してればそれが一番なんですけどね)。

 

僕の手柄だとか、そういうのはどうでもいいんです。(どうせもう先生じゃないしw)

ただただ、今日もどこかでWebに、モノづくりに、熱意を持って没頭してくれることだけを望んでいます。

 

それが正しかったかどうかは、きっと数年後に出るんでしょうね。

願わくば、彼らがまたその下の世代に、僕がそうであったように暑苦しいぐらいのWebバカになって何かを伝えてくれればいいなと思います。

 

素晴らしい仕事をしてるんだって、伝えていって欲しいです。