読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

笑顔を創りたいWeb屋の日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。情報デザインやWebの勉強をしています。

最高のWebサイトを創る必要などない。

【スポンサーリンク】

って言い切ってしまうのは宜しくないと思うのですが(笑)

ただ、今の会社にきて、痛切に思います。

それまでは、妥協できてないというか無謀というか、いつでも最高のものを作れなきゃダメだ、成果の出るWebサイトじゃなきゃ意味が無いと思っていたのですが、今はそうは思いません。

 

 

いや、根底はその部分として全く変わっていないのですが、無理があるなぁと思うのですよね。Webサイトで成果をだそうとしたら、それはどんなサイトだって、コーポレートサイトだってECサイトだってブランドサイト(プロダクトサイト?)だって、結局目指すところは一緒で、訪れて欲しい人が誰で、その人はどういう経路でサイトに訪れて(検索、CM、紙媒体・・・)、どういうコンテンツが必要で、どういうゴールが必要なのかということは全て同じだと思っています。



で、これはWebサイトがそうなのではなく、そもそもビジネス、サービスが本来そうでなくてはならない。

ECサイトを運営しているオーナーさんと良く会うのですが、結局明確に違うのはそこです。良く調べもせず、そんなことあるわけもないのに「インターネットで出せばたくさん売れる」と思い込んでいるオーナーさんは絶対に売れないし、ネットだろうがリアルだろうが関係なく、きちんと「お客様に喜んでもらうのはどうしたら良いだろう」という思考の人であれば、尚且つそれをWebで実践する、労力を惜しまない人であれば紆余曲折、遠回りをして失敗したとしても、もともとの商売さえ間違っていなければ売れていると思います。

 

要するに、twitterでもよくつぶやいていますが、Webサイト単体でもそうですし、Webサイトを含めたビジネス、商売、サービス全体にも言えることですが、「設計思想」があるかどうか。緻密かどうか、斬新かどうかは、それは大企業になると重要だと思いますが、個人商店レベルではそんなことより熱意を持って、設計のレベルより「きちんと設計して」「相手のために何が出来るだろうか?」という思想のスタートラインを持っているかどうかの方が大事だと思います。

 

これが、実は意外に難しい。

Webサイトはビジュアルセンスだと思い込んでいたり、Web制作業はクライアントが気に入るビジュアルを創ること、創ってもらうことだと思っている人が、まだまだまだ大変多い。いくらなんでもそこまでは・・・と僕自身思っていたのですが、たぶん、このブログをご覧になっている皆さんが思う以上に、まだその価値観は根強く残っていると感じます。というか、設計思想、相手のために何が出来るのか、相手とは誰なのかということをきちんと考えている人のほうが相当貴重です。少なくとも、僕が出会ってきたクライアントさんの中では。

 

特に、中小企業でも、商品やサービスそのものは現場の方が対応していることが多く、ロジックや設計思想がなくても、現場で肌身でお客様と接している方の場合は、「お客様に受け入れてもらわなければお金がもらえない」ということを自覚している方が多く、そういう方には「Webサイトはビジュアルデザインじゃないんですよ。コミュニケーションデザインなんですよ」と伝えると、共感してくれて、ともすればいたく関心もしてくれます。ですが、これがWebサイトになると「会社の顔だ」という意識が強いらしく、役員や社長さんが出てくることが多く、そうすると、もう、自分の好きにして良い、自分のファッションセンスを見せるような感覚で依頼をなさる方も多々いらっしゃいます。本当は、Webサイトはユーザが使うものであり、店頭に並ぶ自社の商品と同じようにつくらなきゃいけないんですけどね。

 

で、ここからが問題。

当たり前ですが、

 

 A. Webサイトはお客様へのサービスの場

 B. Webサイトは自社のファッションセンスを見せるところ

 

この両者では、こちらが話を始める地点が、それこそ日本とブラジルぐらい違うのですよね。

A.の方の場合は、さっそくヒアリングに入り、マーケティングの話や、実際のサービスの現場の話などサクサクと進みますし、基本的にその業界のプロはクライアントなので、その話をじっくり聞いてお互いのアイディアを出しあえます。しかし、B,の方はそういう話に持って行くまでが相当大変で、結論からいうと僕なんかみたいな若造が言っても聞いてもらえないことが多いので、結果的にはそんなレベルの話まで持っていけないことが多いです。

 

これは、距離感なのですよね。設計思想、もっと言うと、お客様へのサービス設計という意識に対する距離感。これが全く違う。サービスを設計しなければ、お客様の満足体験こそ最も大事だと思っている方は、その距離がほぼ0なのだから、具体的なWeb戦略の話をできますが、全くその意識がない方だと距離が遠いので、その先に行くのには時間も、当然費用もかかる。

 

だから、同じクライアントでも、実は相手の理解度=成熟度のフェーズが違えば、もうこれは全く違うレベルのクライアントなのですよね。そのクライアントの方々を杓子定規にひとまとめにして「最高のWebサイトを!」と言うのも、これはWeb屋として相手を見ていないし、たかだかWeb屋の一声二声で相手のこの距離感を縮めようなどというのはある意味で自分自身がWebサイトというものをバカにしているのかなぁとも思い始めています。だって、設計思想、顧客中心思想のある方というのは、それだけでとても凄い才能のある方なわけで、その人と、そうでない人に対して、同じレベルのものができるというのは、本来ありえない。クライアントというのはパートナーであって、僕がどんなに翼くんになろうとしても、相手が誰でも同じサッカーができるわけがないのですよね。やっぱり、岬くんがいないと。岬くんの凄さをちゃんと認めないと。

 

ま、単純に言うと、幼稚園児の女の子と、OLさんに料理を教えるのとでは全然違うってことなんですけどね。両者に同じ費用で最高の料理を創らせるってのは、料理をバカにしているよなぁと。

 

幼稚園児に、OLさんができるレベルのすんごく高度な料理を教えようと思ったら、時間も手間も費用もかかるでしょうね。それはWeb屋も同じで、実際費用をたくさんとる一流制作会社やコンサル会社は存在するわけで、本当に成果を出したいならそこにいけばいい。お金いっぱい出してやればいい。でも、それをしていない、その意識がない時点で、しょうがないことでもあり、ものすごく冷たい失礼なことを言えば、自業自得な部分もある。自身がそのフェーズ、成熟度にないのに、良いものができないからと言って(費用も出さないのに)、すべてを業者の責任にするのはいくらなんでも不公平だと思っています。

 

だから、幼稚園児の女の子にはその子のレベルにあった料理を、OLさんにはOLさんのレベルに合った料理の作り方を教えてあげればいいと思うんです。幼稚園児の女の子には、たとえ出来上がった料理がそれほど美味しくないものでも、本人が楽しんで、そして尚且つ「料理は食べて貰う人のために創るんだ!」っていう意識、そのために準備や調査をしなければいけないという意識に、ほんの少しでも近づければ、その中で最高点を出すことが大事だと思います。

 

僕がWebサイト構築のお手伝いをすることで、少しでも相手がたとえばそれはUIのほんの1パーツだけでも「そうか、相手が押しやすいようにしなきゃ意味が無いんだ」という意識を持ってもらえるように接すること。それが、僕のなすべきことだと思っていますし、中小企業でも個人商店レベルのオーナーさんでも、しっかり相手中心の思想がある方には、Webの設計についての知識を受け取ってもらい、成果が出るようにお手伝いが出来ればいいと思っています。

 

僕の仕事は、最高のWebサイトを創ることじゃない。

僕の仕事は、できる範囲の中で、クライアントの最高の体験を創ることが、僕の仕事。

 

それをするための、僕は、通りすがりのWebディレクターでいいと思っています。