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笑顔を創りたいWeb屋の日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。情報デザインやWebの勉強をしています。

誰のためにサイトを創り、何のためにWEBサイト構築という仕事をするの?

プランニング・デザイン

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まーたすげー空いちゃった。

空いちゃったんがー。

って言ったらタルルートくんが来る?(来ない)

twitterは罪ですね。

twitterやってると「書きたい欲が減退する」とは最近よく言われますが、僕なんかそれ通り越して「書いてる気がする感」を手に入れてますから。威張ることじゃないな(笑)

くだらないことはさておき、タイトルの件。

Web屋は(いや、全てのクリエイターは)これを意識してなきゃいけないと思うんです。いやいや、僕なんかまだまだペーペーで、意識しているなんて当たり前で、それ以上の仕事をなさってる偉大な方はたーくさんいると思ってます。でも、それがなんというか”偉人達”で止まっていて、その下からの劣化が激しい気がするんです。

■定説や常識はユーザ体験に繋がるからこそ意味があるはず

だって「全ての学校(大学や高校?)サイトは同じレイアウトになればいい」なんて言っちゃう人がいる業界ですから。落差が激しすぎます・・・。3CLICKルールにしてもそうですが、一体誰の何を見てるの?と思います。ユーザはそれを求めてるんですか?ちゃんと検証したんですか?考えたんですか?と胸ぐら掴んで詰め寄りたくなります(笑)「ぁああ?」って(笑)

ユーザが求めているのは体験であり、Web屋の定説や常識なんてどうでもいいはずです。

携帯電話使っててもUIの定説なんか興味ないのと同じように。

結局、我々Web屋はいつだってどんな時だってユーザの心の声に敏感でなければならないし、それはWeb制作だろうがWebサービスだろうが広告だろうがSEOだろうが同じだと思います。もとい、クライアントも含めそれぞれのチャネルを担う全ての人が「お客様」に向いてないといけないんじゃないでしょうか。

■誰のためのWebサイト?誰のための仕事?

と、いうと、「ユーザの学習のためには同じレイアウトの方がいい」という人がいるんですが、それこそ「誰のために仕事しているの?」と思います。そりゃ日本中の大学や高校が同じレイアウトなら見やすいですよ。しかし、それは一体誰の幸福に繋がるんですか?という話で。ユーザに与えるのは「見やすい」だけでは?それはユーザビリティーの話では?大事なのはユーザビリティーも含めたユーザエクスペリエンスでは?

同じレイアウトの方が受験生が比較検討しやすいのは確かです。でも、そこまでいうなら他校へのリンクつけたら? いや、もういっそ表組みにして比較させたら?

ぶっちゃけ過ぎかもしれませんが、我々Web屋はユーザ中心のプランニング・デザインをするべきですが、それは制作するサイトそのものの話。「Webサイトを制作すること」は、それはクライアントのためにやるんでしょ。いやあ、もう本当にぶっちゃけてしまうとクライアントが儲かるためにWebサイト創るんでしょ?。だってお金払ってんのクライアントだもん。クライアントが赤字になるようなもん創ってどうすんのよって(必ずしも直接的な”売り上げ”に貢献するかどうかはプロジェクトによって違うと思いますが)。

そしてまたそこを混同してしまう人がいるんですが、クライアントが金を払っているからといって、クライアントのデザインの好みを聞き入れるべきとは思いません。だって、Webサイトを使うのはユーザですから。クライアントが直接使うならその人のために創るべきですが。

・「Webサイト」はユーザの体験のため

・Webサイトを「創ること」はクライアントの体験のため

じゃないでしょうか。

だから、ユーザとクライアントが二律背反するなんて、僕は絶対嘘だと思うんです。

Webサイトそのものに、ユーザに不要なものなんて絶対いらない。

クライアントの好みで右だの左だの赤だの青だのなんて絶対いらない。

すべてユーザに向いているべきだと思います。

もし、それがぶつかるようであれば、ユーザ中心という思想においてクライアントが成熟できていないフェーズか、それを伝えるだけのブランドが制作会社にないんだろうと思います(僕もいまこれで凄く苦労してます・・・)。

仮に、ユーザ思想とクライアントの意向とでバランスを取るとしたらそれは、Webサイトの方向性ではなく、実現度だと僕は思ってます。要するに予算とフェーズと採算性。個人商店レベルのお店にフルスクラッチのECサイトなんていらないですから。そんなにカスタマイズできても仕方ないし。いくらユーザ体験のためとはいえ、実装して赤字になっては何の意味も無い。

■誰がどんなタイミングで使うのか考える

比較しやすいサイトが悪というわけではないです。

ただ、それは大学や高校が個別で考えることではないのでは?

だって、それじゃ差が生まれる。なぜなら、それぞれに個性があるはずだから。

たとえ同じ地域、同じ県内でも二つとして同じ学校は無い。いや、それこそあってはならないというのが理想論というか目指すべき道のはず。立地が違えば、学生数、学科も違うし、文武のどちらに重きを置いているかということもまた違う。大学になればキャンバスの数や質でも違うだろうし、入っている設備も違う。違うということは個性であり、そして受験生はそれを求めて受験するんでしょ?そこで教育を受けたいということは、サークルにせよ、カリキュラムにせよ、設備にせよ、立地にせよ何かに魅力を感じて受験するわけだから。

そんな中で、一個の大学が「このレイアウトで進めましょう」って言い出したら、それ明らかに不公平じゃないですか。だってそりゃ、自分の魅力が伝わりやすいようにつくるに決まってるんだから。いや、仮にそれが「公平な目で」という名目を作ったところで、誰かが作る以上何かに偏るのは当たり前。いやいや、何創るということは何かに偏るということじゃないでしょうかね。

各校が比較しやすいように創るのであれば、それは教育委員会がやるべきだと思います。ある一定の枠をもって情報を整理し、横並びで比較するというのは体験としては大事ですから。でもって、きっとそれはつまりポータルサイトになるんだと思います。比較することが目的なら。

要するに「ぐるなび」と「レストランオフィシャルサイト」の違いですよね。

ぐるなびで独自のレイアウト、デザインが横行したら比較できない。

同じレイアウトで、同じ項目を並べないと比較できません。

それこそ、横並びで比較するためですよね。

でも、レストランオフィシャルサイトでそれをやる意味が無い。

もっと独自の、もっと深い、もっと魅力を受け取りやすいサイトを創るべき。

フェーズが違うのだから当たり前です。

「比較する」のと「より深く知る」のと。

厳密に言えば、全部「比較する」の一工程だと思いますが。

その大学に興味があって訪れてくるサイトに、その大学自身がたくさんお金を払うのに、なんでわざわざ他の大学と同じIAにしなきゃならないのか(UIはIAに紐づくので)。僕には理解できません。だったら、創らない方がマシじゃないですかw。わざわざ創った結果、自分達の欠点ばかりをさらけだすことにもなりかねないわけだし。クライアントが大学や高校自身なら、彼らのビジネス、学生募集に貢献するプランニングじゃなきゃ意味が無いわけで、それはつまり「より深くその大学を知ろうとしている」ユーザに向けて創らないと、利益につながらない。

いや、ですから、ユーザのフェーズ、タイミングが違うだけなので、横並びで比較しやすいIAやUIはあってもおかしくないです。もし、大学や高校のサイトをそうするのであれば、それも一つの手だとは思います。しかし、繰り返しになりますがそれを発令するのは教育委員会とか、役所とかもっと上のレイヤーのはずです。仮に教育委員会がそんなことを言い出したらそれはつまり「独自の魅力を謡うサイトを持ってはいけない」ということですが。だったらお前らの金でつくれー!=ポータルサイトになると思いますねw。

誰の、どんなタイミングで使うWebサイトを創るのか。

「Webサイトを創る」という行為は、誰のために行うのか。

きちんと整理すべきだと僕は思っています。