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笑顔を創りたいWeb屋の日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。情報デザインやWebの勉強をしています。

「注意をひく」ではなく「関心を持つ」。

情報デザイン

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昨日、僕の部屋に突然人が訪れてきて

「人が死んだらどうなると思いますか」

「真理とは・・・」

とかいきなり喋りだすお爺ちゃんと子供と青年の3人組。

あのー、こちとら風邪ひいて寝てるんですけど・・・。

真理とか幸福とかぬかすなら、とりあえず僕の健康を阻害するような、

ズカズカ勝手に人様のウチの門を叩いて対応させるのをまずやめてもらえませんか?

そっちの方がよっぽど僕には幸福なので。

っていうか、失礼極まりないと思うんですよね。

幸福だろうが真理だろうが、それ、アナタの考え方でしょ?

なんで、見ず知らずの人の考え方を押し付けられなきゃいけないんですか?

相手に何を与えたい(not伝えたい)のかわからないし、もう、その時点で賛同する気なんか失せて二度と会いたくもないし、名前も聞きたくなくなります。

これ、デザインとかブランディング、営業活動にも言えると思うんですよね。

営業でいうと飛び込みとかテレアポとか。

「御社の業務改善や業務効率化を・・・」と言うなら、業務の邪魔をしているアナタがまずいなくなってくれという話で。

クリエイティブも同じ。

「注意をひく」とか「目をひかせる」とか。

広告において、それが重要であることはわかります。

しかし、それは全て「訪れた先に満足体験がある」ということが大前提のはずなんですよね。

しかし、その本分を忘れ「注意をひく」ことが目的になってしまう。

そうすると、見る人が否応無しにそこに視線が流れてしまうようなデザインやライティングをする。それで、その先に満足体験があるなら良いんですが、万人が納得するようなコンテンツも無いのに、万人が振り向くようなアピールをしてしまう。それを人は「欺く」とか「押し売り」とかいうはずなんですが、なぜかクリエイティブの人にはそれが通じなかったりすることが多い気がします。これは、Webや広告のクリエイティブだけに限らず、ネットニュースの1行タイトルとかも同じですよね(もっというとスポーツ紙のタイトルも同じ・・・。)。タイトルで煽っておいて、クリックして読みに行ったら内容が全然違うとか。それを「テクニックだ」とかぬかす編集者がいてあきれます。

結局、コンバージョンやクリック率、PVをあげること、広告で言えば集客や認知が目的になってしまって、トータルでのサービス設計というか、大きな目で見た「デザイン」ができてないんだと思います。それができてないから、目先の数字に捉われ、そこを追うことが目的となり、結局誰のために、何のためにそれを行っているのかを見失ってしまう。そもそも、消費者、顧客、ユーザの満足体験無しにクリック率やPVなんて語っても何の意味も無いのに。

「注意をひく」「視線を集める(注目させる)」「驚かせる」ということが悪いということではないと思うんです。

それ単体が悪いのではなく、それはあくまで「手法・手段」であって、「目的」ではないのに目的化してしまってるから悪いと思うんです。というか、はっきり言うと横柄だと思うんですよね。注意をひくとか、驚かせて注目を集めるとか、視線を無理やり持ってくるって、なんというか「文化は我々クリエイティブが創っている」みたいな。某大手広告代理店の人に多い気がしますが・・・。文化の創造ということに関してクリエイティブが重要なことは否定はしません。しかし、文化を創るのは間違ってもクリエイティブではなく、いつだってそれを受け取る人、それを受け取る大衆、国民、民だと思うのです。受け取る人の中に眠る欲求、要求を適確に捉え、導き出し、形にして提供し、気付きを与えること。それがクリエイティブではないでしょうか。

飲食店やガソリンスタンドなど、道沿いに赤い回転灯(緊急車両の上についているやつ)を置いて注意をひくというのは、あれは本来最低なアピールのはずだと思うんです。それのおかげで、ガソリンスタンドやラーメン屋を見つけられて喜ぶ人はいるかもしれません。でも、ラーメン屋もスタンドも求めていない人も見てしまっているはずで、少なからず不快感はあるはずなのですが、車に乗っている時のささいなことであり忘れてしまっていて、実はそれに助けられているんだと思います。

ガソリンスタンドとして所在をアピールしたいなら、ガソリンを求めている人だけに見つけられるようにするのが本来のクリエイティブのはず。それを、万人が目を引くように、なんてのはデザインでもクリエイティブでもなくて、ワーワーわめいているだけじゃないかと。

つまり、「注意をひく」とか「注目させる」ならば、その先に満足体験があることが大前提であり、「気づかせてくれてありがとう」という気持ちになるようなデザインでなければ、絶対に良くないと思うのです。そのために必要なことは、万人の目が無理やり止められてしまうものではなく、それを求めている人が、それに気づけるような、それを注目できるようなデザインこそ、現代のあるべきクリエイティブじゃないかと思います。

「どうやって注意をひいてやろう」「注目させてやろう」っていうこの思想からスタートすること自体がもう間違っていると思います。そうじゃなくて、それ以前に「あの人は何を考え、何を求め、どんなことに興味があるのだろう」というところから思考をスタートして、それに基づいて彼らが受け取りやすい、気づきやすい「注意の引き方」というテクニックを実践するべきじゃないかと思います。

「あの人に気に入って貰うにはどうしたらよいだろう?」という当たり前のスタンスがあり、

「どうしたら、ここにあの人が満足するサービスがあることに気づいて貰えるだろう?」ということを考えることこそ、営業活動であり、広告であり、タイトルのラベリングだと思います。