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笑顔を創りたいWeb屋の日常

某事業会社勤務のWebディレクター。つまり「なかのひと」やってます。Web業界からひょんなことで専門学校の先生に。そしてまたWeb現場に戻ったWebディレクターのブログ。情報デザインやWebの勉強をしています。

広告か情報(コンテンツ)かはユーザが決める。

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【主役が着た服、ドラマHPで即通販 番組?広告?境界は】

http://www.asahi.com/culture/update/1011/TKY200910100375.html

 俳優が身につけた服やアクセサリーが、放送と同時に番組のホームページで購入できるという仕掛けの連続テレビドラマが、13日からフジテレビ系で放送される。通販会社やファッション業界と手を組んだ、この新手の放送ビジネスには他局も注目している。だが、番組と広告との境界があいまいになりかねないと指摘する声が上がっている。

 だが、あるテレビ局のベテランプロデューサーは「ドラマは内容が勝負なのに、服を売ることの方が優先される可能性がある」と不安を隠さない。立教大の服部孝章教授(メディア法)は「通販は通販、CMはCMと分かる。この仕組みは、人気モデルの香里奈さんが身につけることでより効果的な宣伝となる。視聴者は即、消費者という発想だ。CM収入が落ち込む中、知恵を絞るのは分かるが、公共の電波を独占的、排他的に使ってあこぎな商売をしていいのか」と警告を発する。

別にいいんじゃないの?と思います。

というか、大事なことは広告なのか番組なのかということではないと思うんですが。

そもそも、まるで消費活動を誘発する「広告」が悪者みたいな扱いになってますが、別に広告だってそれが視聴者やお客様の気づきになるんだったらかまわないはずです。例えば、僕はサッカーファンであり元ジュビロ磐田の名波選手のファンですが、サッカーの情報サイトに「名波引退記念試合チケット販売中!」と出ていたら、喜びますよ。それは、サッカーの情報サイトのコンテンツじゃないにも関わらず。だって、そこで気づきを与えてくれてうれしいですもの。

広告がダメなんじゃなくて、誰彼構わず、タイミングも計らずにガンガンと押し売りしたり、まるで中立の立場のような顔しながら自社商品を売ったりするその行為が批難されてるんでしょ。広告だって、ユーザが求めているタイミングで求めているものを出せば、それは思いっきり「求めているもの」なのだから喜ばれるはず。要は、欲しいコンテンツを欲しいタイミングでってのが一番大事なはずであって、それが広告なのか、情報なのかはどうでもいいというか、相手が決めることでは?と思います。

このドラマの話で言えば、ドラマが宣伝色が強くなりすぎて本来優先されるべきコンテンツが蔑ろにされ、ユーザの「ドラマを楽しみたい」というもっとも大事な満足体験を無視することがよくないわけで、それ以上でもそれ以下でもない。広告の人がなんというか「消費者をこっちに向かせる」とか「煽る」というようなスタンスなのが問題であって、本来は「こっちに向きたくなるような、消費者の求めるものを提供する」という、コンテンツプロバイダとして最も大事なことを把握してないから、こういう見解になるんだと思います。

だから、公共性がどうとか、そもそも視聴者のためにドラマつくってんのに何いってんの?という感じです。まず、一番大事なのはドラマを観る人が満足するかどうかでしょ。そのドラマのファンが「あの服欲しい!」と思ったならそれはその場を積極的に提供すべきだし、不要ならやめればよいだけだし。番組が公共性があるとかないとか言うのは、その広告性、宣伝色が強くなった時に言われることであって、しかもそれも「公共性」というキーワードなんてどうでもよくて、「ああ、視聴者はこれじゃつまらなかったんだね」「じゃあ、もっと変えないとね」っていう話のはず。

公共性とか、ドラマで宣伝をしちゃいけないとか、その時点で思考停止して、最も考えるべき「視聴者、消費者へどんなサービスをするか」ということが抜けている気がしてなりません。

まあ・・・・・・そもそもCMが入り「スポンサー」という物言い係を抱えているモデルのくせに、何が公共性だとか思うんですけどね(笑)